松尾清一

Seiichi Matsuo

1950年生まれ。名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。専門分野は腎臓内科学。医学系研究科教授、医学部附属病院長、副総長などを経て、2015年より現職。日本腎臓学会理事長。

天野 浩

Hiroshi Amano

1960年生まれ。名古屋大学大学院工学研究科博士課程後期課程単位修得。工学博士。専門分野は電子・電気材料工学。赤﨑勇博士とともに、2014年ノーベル物理学賞を受賞。未来材料・システム研究所附属未来エレクトロニクス集積研究センター長

対談 松尾清一 名古屋大学総長 × 天野 浩 未来材料・システム研究所教授

未来への発進。

世界屈指の大学を目指し、未来に向けて歩みを進める名古屋大学。 その取り組みを勢いづけたのが、2014年のノーベル賞受賞の報です。

次代を担う若者への期待、本学の研究風土や未来のビジョンなどについて松尾清一総長とノーベル物理学賞を受賞した天野浩教授に語り合っていただきました。

師弟でのノーベル賞受賞

松尾昨年は天野先生と赤﨑勇特別教授(※1)のノーベル物理学賞受賞に、本学はおおいに沸きました。師弟の受賞に胸が熱くなる想いがしました。

天野ありがとうございます。受賞の第一報はリヨンの空港で記者の方からお聞きしましたが、まさか私もと、ただただ驚いたものです。以来、ノーベル賞関連の行事や取材、講演などにお声がけいただき、あらためて賞の重さを実感しました。自分が果たす役割の大きさをひしひしと感じています。

松尾私は天野先生の受賞が本当にうれしかったです。まだ50代の現職の研究者が受賞されたということで、本学の学生にとっても非常に喜ばしいことだと思いました。先生は学生時代に本学で青色LEDの研究に取り組まれ、まさに世界の明かりを変える貢献をされたわけですが、そもそも研究のきっかけは何だったのでしょうか。

天野青色LEDは1967年から赤﨑先生が材料の研究に着手され、松下電器東京研究所(現在のパナソニック)でお仕事を続けてこられました。その後、先生が本学へ赴任された翌年、1982年に私は赤﨑研究室に入り、研究の第一歩を踏み出したのです。当時は1975年にマイクロソフトが、翌年にアップルが誕生し、PCが急速に普及し始めた時代。私も世界が大きく変わる気配を感じていました。そこで、何かPCに関係するものに貢献したいと注目したのが、ディスプレイです。当時は大きなブラウン管でしたから、青色LEDが実現すれば、もっとディスプレイをスマートにできるとLED開発に魅力を感じました。

松尾先生は青色LED開発の中で二つの重要なブレークスルー技術である、良質な窒化ガリウム(GaN)単結晶とp型GaN単結晶の実現に成功されていらっしゃいますね。一つ目が24歳、二つ目が28歳と、非常に若い年齢で大きな発見をされましたが、当時の研究室はどのような状況だったのでしょうか。

天野当時は研究費も少なく、装置も立派なものは買えなかったので、結晶を作る装置は学生が自分たちで組み立てて、それを使って実験をしていました。ただ、それがかえって良かったのでしょうね。市販の高額な装置ではなかなか大胆な実験はできませんが、自分たちで作った装置でしたから思い切ったことができました。それが今回の受賞に結びついた要因の一つではないかと思っています。

誰もが自由に議論できる研究風土

松尾本学は天野先生も含め関係者から6人のノーベル賞受賞者を輩出し、あらためて世界に研究力の高さを証明しています。この高度な研究力の背景には何があると思われますか。

天野私が所属する研究室の歴史をひもときますと、戦後、半導体結晶の研究室が起ち上げられた頃から、自分で結晶を作るという伝統がありました。それが赤﨑先生に引き継がれて現在に至っていると思います。青色LED開発につながった結晶の新しい作成方法も、赤﨑先生の後を継がれた澤木宣彦名誉教授が結晶化の様子を私にお話しくださったことがヒントになって、ブレークスルーが生まれました。今回の受賞も本学の歴史が基礎になったものだと実感しています。

松尾よく本学の学風は自由闊達と言われます。それも革新的な研究成果を生み出す理由の一つであると感じていますが、先生が若手の頃はどうだったのでしょうか。

天野私はまだ若かったのですが、議論になると師であり先輩であるお二人に食ってかかったものです。まさに年齢も立場も関係なく、議論を戦わせたという記憶があります。現在は私自身も若い皆さんに対して、そう接しようと心がけているところです。

松尾やはり誰もが自由に発言でき、互いに相手を認めて良いところを伸ばしていく風土がないと、学問は発展しません。本学は全学にその風土が広がり、それを称して自由闊達という表現をしているのでしょう。組織で研究する医学部であっても、他大学に比べると若い人の意見をよく聞く雰囲気があると思います。この良き伝統を守っていかなければなりませんね。一方で私は、自由闊達な学風の裏では責任感も醸成されると思います。若手は自由に意見が言える分、自分の発言に対して責任を持たなければいけません。私自身、本学で学ぶうちに、いつの間にか責任感が身についたように思います。

天野私も学生時代に大切なものを得ました。特に入学したばかりの頃、「工学部の工の字は人と人をつなぐ意味だ」と、学問の意味を悟らせていただいたことを今でも大切に思っています。実は、私は高校時代まで数学は好きでしたが、ほかの分野は学ぶ理由が理解できていませんでした。しかし、その言葉に「学問とは人の役に立つためにあるのだ」と目が覚めて、そこからは勉強そのものが好きになりました。また、諸先生方との出会いの大きさは言うまでもありません。結晶や結晶を使ったシステムのことなどを熱心に語られるのを聞くのが楽しかったですし、分け隔てなく接してくださり、時に喧嘩腰の議論も許してくれました。本気で話をしてくれる人たちが研究室にいたということが今につながっており、本当に私にとって幸せでした。

先進の取り組みで世界屈指の大学へ

松尾本学はスーパーグローバル大学創成支援事業(※2)に採択され、国際化を中心に世界屈指の大学を目指すさまざまな取り組みを展開しています。その中で、私は学術憲章にある「勇気ある知識人」を、自分の専門領域で確かな知識と技術、考え方を持った上で、国際的な視野でリーダーシップを発揮できる人材ととらえ、そうしたグローバルリーダーを輩出したいと思っています。その大前提としては、人類社会に貢献するという高い志を若い人の心に育てなければなりません。

天野おっしゃる通りです。私は若い頃、時代の変革というものを自分なりに考えて、こうしなければいけないと進むべき方向性を胸に描いていました。若い人にも、今の時代を見すえて次に何をしなければいけないか、自分で考えていただきたいですね。そして、その目標に向かって活動を推し進めることができる人材を、本学から世界に送り出していきたいと思います。

松尾そこで重要なのが、国際化の取り組みです。国際化とは、まずお互いを理解することから始まります。単に英語が話せるだけではなく、文化や歴史、習慣、しきたりなど自分とは異なる価値観をもつ相手のことを理解できる度量の深さや思いやりがないといけません。そのためには留学し、現地の生活を見聞したり友人を作ったりすることが一番です。私も留学を経験しましたが、留学先で出会った上司は人間としても研究者としても尊敬でき、とても感化されました。有名な方にも関わらず大学院を出たばかりの私とも対等に話をし、一緒に夜を徹して研究してくださったこともあります。それは私が研究に目覚めるきっかけになり、今思えば、あの時に自分が大きく変わったと実感しています。そういう体験があるので、ぜひ若い人にも外国に行って異文化を体感してもらいたい。そうすると一段高いステージに上がれるのではないかと思っています。

天野まったく同感です。私の研究室の場合、アメリカ人、韓国人、中国人と海外からの学生の方が日本人学生より多いので、最初は身振り手振り交じりでも研究室で過ごすうちに自然と言語のスキルは身につくと思います。ただ、総長がお考えのように、それぞれの国の文化や育ってきた環境まで理解して初めてお互いの絆が深まるものです。国際会議に参加するのはもちろんですが、短期の留学などもぜひ積極的に活用し、若いうちに海外で学び暮らすことを体験していただきたいと思います。

松尾そのために本学では全学で語学教育を強化すると同時に、日本人学生の海外派遣を推進してきました。博士課程教育リーディングプログラム(※3)に採択された6つのプログラムでも積極的に海外派遣を行うなど、複数の施策によって本学から海外に行く学生は着実に増えています。今年度は新たに日本人学部学生の全員留学を目指して、留学積立金制度を創設したところです。また、優秀な留学生の獲得にも力を入れ、留学生数が大幅に伸びているのも、国際化が順調な証でしょう。昨年はアジアサテライトキャンパス学院(※4)を開設し、修士号を取得後、母国で重要な地位についている方々の希望に応え、長期に職場を離れることなく博士号が取得できるプログラムの提供を始めました。さらに目標としているのが、本学と海外大学との共同学位を取得できるジョイントディグリー制度の導入です。本学医学系研究科とフライブルク大学、アデレード大学とは既に共同教育プログラムの覚書を調印しましたが、ほかにもアメリカやフランスなどの大学と交渉を進め、理学部、工学部、農学部の領域にも取り組みを拡大しようとしています。ハードルは高いですが、これが実現すれば本学の学位の価値は国際的に権威あるものになるはずです。

研究力向上のための支援を強化

松尾世界屈指の大学を目指して飛躍するためには、研究大学としてさらに研究力を向上させることも必要です。そのためには何が大切だと思われますか。

天野私の経験からすると、まず若手が自分で問題点を考えて取り組まなければ、研究は進みません。何よりも個人の研究への情熱が、原動力として必要だと思います。

松尾おっしゃる通りです。私は座右の銘として「練習千日、勝負一瞬」という言葉を掲げていますが、やはり普段からトライアルを続ける中に一瞬のチャンスが来るんですね。天野先生もふとしたきっかけで大発見をされたそうですが、私も思いがけないことがきっかけで新たな発見につながったことがあります。しかし、それは偶然ではなく、不断の努力があってこそのもの。そういう研究室の文化こそが大発見につながる筋道で、そこが非常に大事だと思っています。

天野そうですね。加えて、若手が研究活動を遂行するのに、我々、指導陣がどれだけサポートできるかということも重要だと思います。大学が未来のビジョンを示し、若手に意欲をもたせると同時に、自分自身で何を成すべきかを考えてもらう。そして、高い目標に挑む研究者の取り組みをどれだけ後押しできるかということが、研究力向上には必要ではないでしょうか。

松尾サポートの重要性は私も感じており、研究者が研究に専念できる環境を作るのが総長の役割だと思っています。今、研究者は純粋な研究以外の部分も忙しく、それを支えるシステムをしっかり築くことが必要です。本学では研究者が科学研究費を応募する際に書類作りをサポートしていますが、こうした側面支援によって1人当たりの科学研究費の獲得件数は全国でもトップクラスです。また、若いうちから主任研究者に抜擢し、自分で責任をもって研究室の運営管理も含めて研究を推進できるシステムを作っています。こうしたサポートと研究者個人の努力があいまって、素晴らしい研究成果が生まれるのではないかと期待しています。

社会への貢献を目指す産学官連携

松尾大学で行う研究は、ひいては人類や社会へ貢献するためのものです。研究によって優れた発見をし、良い物を作ったら、それを社会の中に広めていかなければなりません。そのためには企業と連携する流れが欠かせないと思いますが、いかがですか。

天野その通りです。大学でシーズが生まれても、それだけで終わってしまっては何の進展もありません。社会に貢献するためには、シーズを実用化する企業の働きが必須ですし、行政の支援も重要です。青色LEDの場合は、開発を担った企業に加え、科学技術振興機構にベストタイミングでサポートしていただき、研究が非常に加速しました。やはり、ものづくりのような研究分野では、産学の研究シーズと応用研究を支援する仕組みは不可欠だと思います。

松尾同感です。結局、特許も研究者がそれぞれ持っていても、なかなか製品にはなりません。そうした点を踏まえて、本学は基礎研究から生まれたシーズを企業に受け渡すところまでをシームレスに支援する組織を整備しました。今年は、いよいよ産学官連携の拠点となる施設として「ナショナルイノベーションコンプレックス(NIC)」が稼働します。そこに入る名古屋COI拠点(※5)では、一つ屋根の下に大学や企業の研究者が集結するアンダーワンルーフ、10年20年後の社会のニーズから研究課題を設定するバックキャスティング、大学や企業、分野の枠を越えて取り組むオープンイノベーションを三本柱に共同研究・開発を進めていきます。ナショナルコンポジットセンター(※6)でも複合材の成型加工技術を磨き、オールジャパン体制で世界的な研究拠点を目指しており、産学官連携の取り組みはますます加速するでしょう。

天野いずれも素晴らしい取り組みだと思います。これまでの成功例がほとんどそうであるように、産学官の連携があってこそ、人類の役に立つ成果が生み出せるはずです。

松尾私もそう確信しています。また、中部地域は日本のものづくり産業の集積地であり、名古屋港は17年連続の貿易黒字額日本一(2014年分)を記録しています。日本の屋台骨を支える地域にあって、産業振興に貢献していくのも本学の役割だと考えています。

輝かしい未来を築くために

松尾最後に先生の今後のビジョンについてお聞かせ願えますか。

天野今、世界は環境、健康、食料、エネルギーなど数多くの問題に直面しています。いずれも日本だけで解決できるものではなく、地球規模で取り組まなければならないものばかりです。その中で我々は特にエネルギー問題に注目しています。LED照明による省エネは皆さんの努力もあって進みましたが、新たな技術を開発すれば、さらなる省エネが可能となります。そこで今、次世代パワーエレクトロニクスを活用した究極の高効率システムを作り上げようと構想中です。再び省エネ革命を起こすことができれば、と願っています。

松尾おおいに期待しています。大学としては世界屈指の知的成果による人類への貢献という使命を果たすべく、先生をはじめとする研究者の皆さんの最先端研究をバックアップしていくつもりです。一方で、本学はアジア地域との連携において、現在、時代の先頭を走っています。これを定着・発展させると同時に、他大学と連携しながら全国レベルへ広げていくのも本学の役割です。それには、その中心で活躍できる次代のリーダー人材を、我々は育てていかなければなりません。先生は後輩たちの良きお手本です。ぜひ、若者たちへエールを送っていただけますか。

天野そうですね。最近は我々の頃と比べて娯楽が身の回りにあふれています。特にインターネットが普及して世の中は劇的に変わりました。しかし、それでも若い人たちが取り組まなければいけない課題が、たくさんあると思うのです。「課題の解決は自分たちがやるんだ」という気概を持って、ぜひ学問や人生に取り組んでもらいたいと願っています。

松尾先生がおっしゃる課題の解決とは、明るい未来に向かって夢を実現することとも言えます。そのためには本学に関わるすべての人がミッションを共有することも大事ではないでしょうか。明るく輝かしい社会をつくるために、職員も学生もそれぞれの立場で創造力を発揮できるように、大学としてはあらゆる面でサポートをしていきたいと思います。特に若い学生諸君には、道は困難であっても目指す未来社会をつくるために頑張っていただきたい。未来に向かってみんなで夢を見るために、天野先生にはますますお力添えをお願いしたいと思います。本日はありがとうございました。

 

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(※1)
赤﨑勇特別教授
1929年生まれ。京都大学理学部卒業。工学博士。現在、名古屋大学特別教授、名城大学終身教授。名古屋大学工学部教授時代に、天野浩博士とともに青色LEDを発明。2014年ノーベル物理学賞受賞。

(※2)
スーパーグローバル大学創成支援事業
文部科学省の事業。世界レベルの教育研究を行うトップ大学や国際化を牽引する大学など、徹底した国際化と大学改革を断行する大学を重点支援することにより、日本の高等教育の国際競争力を強化することを目的とする。名古屋大学は世界ランキングトップ100を目指す力のある大学を支援するタイプA(トップ型)に採択された。

(※3)
博士課程教育リーディングプログラム
文部科学省の事業。俯瞰力と独創力を備え、広く産学官にわたりグローバルに活躍するリーダーを育成するため、産学官が協力し、専門分野の枠を越えて博士課程前期・後期一貫した大学院教育を行う。

(※4)
アジアサテライトキャンパス学院
2014年度、ベトナム、カンボジア、モンゴルにサテライトキャンパスを開設。今後はインドネシア、ラオス、ウズベキスタンなどにサテライトキャンパスを開設予定。名古屋大学の本邦キャンパスとサテライトキャンパスの連携により質の高い教育を行う「アジア諸国の国家中枢人材養成プログラム」を提供し、各国の中枢を担う人材育成に貢献する。

(※5)
名古屋COI拠点
文部科学省の革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)に採択された「多様化・個別化社会イノベーションデザイン拠点」。「高齢者が元気になるモビリティ社会」の確立を目指す。

(※6)
ナショナルコンポジットセンター
炭素繊維複合材料の研究開発拠点。炭素繊維メーカー、自動車・航空機メーカー、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、他の大学や研究機関などが参加。