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農学

2024.05.07

抗うつ作用をもつセロトニンが生殖中枢を活性化 ~うつ病に付随するヒトの不妊治療や家畜の繁殖障害治療への応用に期待~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の中村 翔 特任准教授、上野山 賀久 准教授、井上 直子 准教授、大蔵 聡 教授、束村 博子 名誉教授(責任著者)らの研究グループは、抗うつ作用をもつことが知られているセロトニンを分泌するニューロンが、脳内の高いグルコース利用状態を感知して卵胞発育を促す生殖中枢であるキスペプチンを分泌するニューロンを活性化し性腺刺激ホルモン分泌を促すことを、ラットとヤギの2つのモデルを用いて明らかにし、うつ病に付随するヒトの不妊症状の原因解明や、家畜の繁殖障害の治療などの知識基盤となり得る知見を得ました

 

脳内でキスペプチンニューロンは、性腺刺激ホルモンの分泌に必要不可欠であり、ヒトを含むほ乳類の生殖機能を最上位から制御することが知られています。特に、脳の視床下部弓状核に分布するキスペプチンニューロンは、パルス状(間欠的な放出)の性腺刺激ホルモン分泌を介して卵胞発育を制御しています。本グループは、セロトニンニューロンがグルコースを感知して活性化することを明らかにしていましたが、生殖機能との関連はこれまで不明でした。
本グループは、弓状核キスペプチンニューロンの約60%にセロトニン受容体が発現していることをラットにおいて明らかにしました。脳内の主要なエネルギー成分であるグルコースの利用を阻害すると性腺刺激ホルモンのパルス状分泌が抑えられますが、弓状核を含む視床下部内側基底部へうつ病治療にも使用される選択的セロトニン再取り込み阻害剤を投与することによってセロトニンの作用を増強すると、性腺刺激ホルモンのパルス状分泌が回復しました。
また、脳内のグルコース利用を阻害した場合でも、多数のセロトニンニューロンが局在する背側縫線核へグルコースを直接投与すると、視床下部内側基底部内でのセロトニン分泌量が増加し、性腺刺激ホルモンのパルス状分泌が回復しました。
さらに、本グループはヤギの弓状核キスペプチンニューロンの活動を直接記録する多ニューロン発火活動(MUA)注7)記録法を用いて、反芻家畜であるヤギにおいてもセロトニンが弓状核キスペプチンニューロンを活性化させ性腺刺激ホルモン分泌を上昇させることを明らかにしました。
これらの結果から、本研究グループは、セロトニンニューロンが脳内のグルコースが豊富に存在することを感知し、その結果セロトニン分泌が増加し、卵胞発育中枢である弓状核キスペプチンニューロンを活性化させ、生殖機能を促進していることを世界で初めて明らかにしました。
ストレスや低栄養、うつ病などは生殖能力を低下させることが知られています。実際に、うつ病を発症する女性は、その後、不妊を経験する可能性が通常と比べ2倍高いことが知られています。また、家畜の繁殖障害の約50%、ヒトの不妊症の約25%は、視床下部の繁殖中枢の機能不全によると考えられています。本知見は、ヒトの不妊治療や家畜の繁殖障害の治療などへの応用が期待されます。

 

本研究成果は2024年5月3日、自然科学のあらゆる領域を対象としたオープンアクセス学術誌『Scientific Reports』に掲載されました。

 

【ポイント】

・ 生殖中枢として性腺刺激ホルモン注1)分泌を制御する弓状核注2)キスペプチンニューロン注3)にセロトニン注4)受容体が発現することを発見。
・ 脳内の主要エネルギー成分であるグルコースを背側縫線核注5)へ投与すると弓状核を含む視床下部内側基底部におけるセロトニン分泌が上昇することを発見。
・ 低グルコースの動物の視床下部内側基底部へうつ病治療薬である選択的セロトニン再取り込み阻害剤注6)を投与すると性腺刺激ホルモン分泌が回復することを発見。
・ セロトニンが弓状核キスペプチンニューロンを活性化させ性腺刺激ホルモン分泌を上昇させることを発見。
・ 本知見が、うつ病に付随するヒトの不妊治療や家畜の繁殖障害治療などの知識基盤となると期待される。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)性腺刺激ホルモン:
性腺刺激ホルモン放出ホルモンによって分泌が促進される。下垂体から分泌され、性腺すなわち卵巣や精巣の機能を刺激するホルモン。
注2)弓状核:
生殖や摂食などの本能行動を司る様々な神経細胞が局在する視床下部後方の脳領域のひとつ。
注3)キスペプチンニューロン:
2001年に発見された約50個のアミノ酸からなるペプチドホルモンのキスペプチンを合成、分泌するニューロン。哺乳類の繁殖を最上位でコントロールしていることで大きな話題となった。その細胞体は主に視床下部弓状核と、視床下部前方に位置する前腹側室周囲核(ラット)/視索前野(ヤギ)と呼ばれる2つの脳領域に密集して存在する。
注4)セロトニン:
情動や精神の安定等に関与する神経伝達物質のひとつ。
注5)背側縫線核:
セロトニンニューロンの細胞体が多数分布する中脳にある神経核。
注6)選択的セロトニン再取り込み阻害剤:
セロトニンの再取り込みを選択的に阻害することにより、シナプスでのセロトニンの蓄積を引き起こし、セロトニンの働きを増強する薬剤。うつ病治療に使われている。

注7)多ニューロン発火活動(MUA):

電気生理学的に記録したニューロンの神経活動。弓状核から記録されるMUAの一過的上昇は性腺刺激ホルモン分泌と同期しており、キスペプチンニューロンの活動を反映していると考えられている。

 

【論文情報】

雑誌名:
Scientific Reports
論文タイトル:
Raphe glucose-sensing serotonergic neurons stimulate KNDy neurons to enhance LH pulses via 5HT2CR: rat and goat study
著者:
Sho Nakamura1, Takuya Sasaki1, Yoshihisa Uenoyama2, Naoko Inoue2, Marina Nakanishi2, Koki Yamada2, Ai Morishima1, Reika Suzumura1, Yuri Kitagawa1, Yasuhiro Morita1, Satoshi Ohkura1, and Hiroko Tsukamura2
1Laboratory of Animal Production Science, Graduate School of Bioagricultural Sciences, Nagoya University(名古屋大学大学院生命農学研究科動物生産科学研究室)
2Laboratory of Animal Reproduction, Graduate School of Bioagricultural Sciences, Nagoya University(名古屋大学大学院生命農学研究科動物生殖科学研究室)
DOI:
10.1038/s41598-024-58470-4

 

【研究代表者】

大学院生命農学研究科 束村 博子 名誉教授・特任教授
https://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~hanshoku/ReprodWeb/home.html