TOP   >   工学   >   記事詳細

工学

2021.12.02

食品や化粧品業界の素材開発に新材料! 独自開発の「高温焼成シリカゲル」で、抗菌ペプチド見つかる

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の本多 裕之 教授らの研究グループは、独自に開発したシリカゲルを、タンパク質加水分解物に混ぜるだけで抗菌ペプチド注1)が選択的に分離濃縮でき、新しい抗菌ペプチドも見つかりました。
生理活性ペプチドを食品や化粧品に使うためには、食材由来のタンパク質を酵素で加水分解した分解物から、多段階の精製工程を通して分離濃縮する必要があります。そのため、分離精製の技術等のノウハウを持っている企業しか商品化できませんでした。また、食材のタンパク質混合物から、唯一のペプチドのみを製品化すると、タンパク質の1000分の1から1万分の1程度の量しか得られません。
本研究では、富士シリシア化学株式会社と共同で、ペプチドを吸着できる無毒な高温焼成シリカゲル注2)を開発しました。
コメ粉末注3)からアルカリ抽出法注4)でタンパク質を回収し、ペプシン注5)で加水分解して得られるペプチド混合物を、高温焼成シリカゲルに吸着し、塩基性・疎水性のペプチドが濃縮された混合物を作製したところ、ニキビの原因と言われるアクネ菌に対して抗菌活性を示すことが分かりました。さらに、このペプチド混合物から質量分析注6)で新規の5種類の抗菌ペプチドを特定し、このうち2種類は、アクネ菌注7)だけでなく、歯周病菌注8)、虫歯菌注9)、大腸菌注10)に対しても抗菌力を示すことが分かりました。
高温焼成シリカゲルは、特殊な化学的修飾がなく毒性がないため、食品業界や化粧品業界など、ヒトに対して効果を示す素材開発の分野で広く使える新材料になります。
本研究成果は、2021年11月27日付けで学術雑誌「Journal of Bioscience and Bioengineering」に掲載されました。

 

【ポイント】

・コメタンパク質加水分解物を、高温焼成シリカゲルに吸着させ、抗菌ペプチドの濃縮に成功。
・コメタンパク質から、ニキビの原因のアクネ菌に対する抗菌ペプチド5種類を同定。
・新規抗菌ペプチドはアクネ菌だけでなく、歯周病菌、虫歯菌、大腸菌にも抗菌作用を示した。
・高温焼成シリカゲルによる抗菌ペプチド濃縮法は、特殊な分離装置は使用せず簡便で汎用性もある。
・高温焼成シリカゲルは毒性がなく、食品・化粧品業界などの素材開発の分野で広く使える新材料。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)抗菌ペプチド:
生物の生命活動に影響する生理活性ペプチドの1つ。進化的に保存された自然免疫反応の1種として機能するペプチドの総称であり、あらゆる種類の生物で認められる。主に10~50残基のアミノ酸から構成され、塩基性アミノ酸と疎水性アミノ酸が含まれていること(両親媒性であること)、α-helixやβ-sheetなどの2次構造を有するといった類似した特性がある。

 

注2)高温焼成シリカゲル:
10nmの平均細孔径をもつ多孔性シリカゲルをナトリウムイオン存在下、600℃、2時間焼成し、シリカゲル表面のシラノール基をシロキサン結合に変化させた新材料。シリカゲルは親水性であるが、この条件で焼成させることにより、酸性条件下でも酸性かつ疎水性のペプチドを吸着させることができる。一方、中性条件下では、塩基性かつ疎水性のペプチドを吸着可能で、pH条件によって特製の違うペプチドを効率的に吸着できる。ペプチド吸着材として非常にユニークな特性をもつ。特殊な化学的官能基を持たないため、毒性がなく、食品分野や化粧品分野などヒトに直接触れる材料開発でも使うことができる。苦味ペプチドは塩基性かつ疎水性のペプチドが多いため、ペプチド混合物にこのシリカゲルを作用させることで、苦味ペプチドの除去も可能である。

 

注3)コメ粉末:
コメ種子(もみ)を脱穀(もみの除去)したものが玄米であり、玄米は将来発芽する原基のある胚芽と澱粉とタンパク質を含む胚乳に分けられ、表面がぬか層に包まれている。玄米を精米したものが白米で、精米中にぬか層と胚芽部分が除去される。コメ種子は重量としては澱粉が多いが、米ぬかや胚乳、胚芽部分にはタンパク質も多く含まれる。コメ100gに約6gのタンパク質があると言われる。この研究では、新潟製粉から恵与いただいたコシヒカリ100%、精米歩合10%の白米を粉末にしたコメ粉を使用している。コメ粉から抽出したタンパク質は、学術的には、コメ胚乳タンパク質と呼ばれる。

 

注4)アルカリ抽出法:
穀類のタンパク質の主成分はグルテリンと総称され、希アルカリ・希酸溶液に溶ける。小麦のグルテニン、コメのオリゼニンなどである。核酸などの他の生体成分と分けるため、アルカリ抽出法が多用される。粉末の粉状の原料に0.2%程度のNaOHを加えて可溶化したタンパク質を不溶物と分け、中和して得る。

 

注5)ペプシン:
食物の消化を助けるため胃で分泌される代表的なタンパク質加水分解酵素。アミノ酸のポリマーであるタンパク質のペプチド結合を加水分解し、低分子のペプチドやアミノ酸にしてタンパク質の吸収を促す。体内では他に、膵液中に分泌されるトリプシン、キモトリプシン、エラスターゼなどのプロテアーゼがある。

 

注6)質量分析:
分析したいサンプル中の分子をイオン化し、そのm/zを測定することによってイオンや分子の質量を測定する方法である。MS(マスもしくはエムエス)分析と呼ばれる。高速液体クロマトグラフィー(HPLC)やガスクロマトグラフィー(GC)、キャピラリー電気泳動(CE)に直結し、移動相を導入することで分析性能を向上できる。その場合、LC-MSなどと称される。質量分析を複数組み合わせ、混合物の詳細分析や生体分子の構造解析などに使う分析法をMS/MS分析と呼ぶ場合もある。

 

注7)アクネ菌:
学名、Cutibacterium acnes。皮膚の常在菌で、大腸菌と同じで酸素のないところを好む通性嫌気性菌。ホルモンバランスの乱れで、毛穴の奥の皮脂腺から皮脂が過剰に分泌されたり、ストレスや生活習慣の乱れで角質が肌に残り、皮脂とともに毛穴に詰まると、皮脂を栄養とするアクネ菌が毛穴の中に繁殖する。毛穴の内部で繁殖したアクネ菌や雑菌に対抗するため、皮膚が炎症を起こしてニキビと呼ばれる症状になる。

 

注8)歯周病菌:
学名、Porphyromonas gingivalis。口腔細菌で、学名は歯肉(gingiva)に由来する。偏性嫌気性(酸素のある環境では生育できない)で、糖を栄養源として利用できず、もっぱら生育域にあるタンパク質を分解して栄養源とする。40代以降の慢性歯周炎の歯周局所、特に酸素の少ない歯周ポケットから分離されることが多い。

 

注9)虫歯菌:
学名、Streptococcus mutans。大腸菌と同じ通性嫌気性菌。レンサ球菌の一種で、ヒトの口腔内にも存在し、う蝕の原因菌のひとつ。この菌の定着は歯の萌出とともに開始され、母親由来が51.1%、父親由来が31.4%、その他18.6%で唾液を介して感染する。直接の口移しや、食べ物の噛み与えのみならず、スプーンなどの食器の共有でも伝搬する。糖を原料に粘性物質グルカンを生産し、歯の表面に歯垢(プラーク)を形成する。乳酸を生産しpHを下げることでう蝕を進行させる。

 

注10)大腸菌:
学名、Escherichia coli。最も研究が進んでいる微生物で、遺伝子組換えや遺伝子導入など分子生物学の研究で頻用される。酸素のないところを好む通性嫌気性菌。病原性を持つ株もある。大腸菌を代表とする通性嫌気性菌は腸内微生物叢の約0.1%を構成する。腸内の大腸菌は、糞便を通じて外環境に排出され、糞便から口腔への感染(糞口経路)は、細菌の病原性株が疾患を引き起こす主な経路となる。

 

【論文情報】

掲載紙:Journal of Bioscience and Bioengineering, in press (2021)
論文タイトル:Selective concentration of antimicrobial peptides to heat-treated porous silica gel using adsorption / desorption,
著者:Hitomi Hagawaa, Kento Imaia, Ziwei Gaoa, Masayuki Taniguchib, Kazunori Shimizua, Hiroyuki Hondaa
a:名古屋大学大学院工学研究科生命分子工学専攻
b:新潟青陵大学短期大学部人間総合学科
DOI: 10.1016/j.jbiosc.2021.11.002
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1389172321002954?via%3Dihub

 

【研究代表者】

大学院工学研究科 本多 裕之 教授
https://www.chembio.nagoya-u.ac.jp/labhp/life2/index.html