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医歯薬学

2022.09.01

知的障害を引き起こすリン酸化酵素の異常を解明 ――蛍光を使って病気の仕組みに迫る――

脳が正常に働くためには CaMKIIα(カムケーツーアルファ、注 1)が適切に活性化することが重要である。東京大学大学院医学系研究科の藤井哉講師、尾藤晴彦教授、名古屋大学大学院医学系研究科の城所博之助教、名古屋大学環境医学研究所/大学院医学系研究科の竹本さやか教授らの研究グループは、CaMKIIαに P212L 変異(CaMKIIαタンパク質の 212 番目のアミノ酸がプロリン(P)からロイシン(L)に変化している変異)があることによって、CaMKIIαが異常に活性化して知的障害を引き起こしていることを明らかにした。
今回、研究グループは知的障害のある患者の全エクソームシークエンス解析(注 2)を行い、CaMKIIαの遺伝子に P212L 変異があることを発見した。以前から P212L 変異が知的障害を引き起こすことは知られていたが、この変異によって CaMKIIαの機能がどのように変わって知的障害が引き起こされるのかという仕組みは全く分かっていなかった。そこで、CaMKIIαの活性化を蛍光で測定する方法を独自に開発し、細胞から抽出した溶液(注 3)や生きた神経細胞・シナプスで CaMKIIαの活性化を解析した。その結果、P212L 変異のあるCaMKIIαは神経活動によって異常に活性化されることを世界で初めて明らかにした。また、認知症の治療に使われるメマンチンを使うと P212L 変異のある CaMKIIαの異常な活性化を抑えられることを明らかにした。
この成果は CaMKIIα変異による知的障害の仕組みの解明につながると考えられる。また、CaMKIIαの異常な活性化を抑えることで知的障害の治療法の開発につながることが期待される。
本研究成果は、2022 年 9 月 1 日(日本標準時)にスイス科学誌「Frontiers in molecular neuroscience」のオンライン版に掲載された。
本研究は日本医療研究開発機構(AMED)・脳とこころの研究推進プログラム(JP19dm0207079)、文部科学省新学術領域研究「記憶・情動における多領野間脳情報動態の光学的計測と制御」(JP17H06312)、科学研究費補助金(JP17K13270 , JP22H00432, JP22H05160, JP21H05091) の支援により実施された。

 

【ポイント】

◆遺伝子変異によって CaMKIIα(カムケーツーアルファ)が異常に活性化し、知的障害を引き起こすことが分かった。
◆蛍光を使った測定システムを独自に開発し、知的障害に伴う CaMKIIαの異常活性化を世界で初めて解明した。
◆知的障害の発症の仕組みの解明や、治療方法の開発が期待される。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

(注 1) CaMKIIα (カムケーツーアルファ、Ca2+/CaM-dependent kinase II α) 脳内のタンパク質の1%を占めるリン酸化酵素であり、学習や記憶に重要な役割を果たしている。CaMKIIαの重要な特徴は Ca2+/カルモジュリン(Ca2+/CaM) (Ca2+と結合したカルモジュリン)によって活性化することである。Ca2+が低い濃度の状態では酵素活性は自身の自己抑制部位によって抑えられているが、シナプスの入力や神経活動によって細胞内で Ca2+が上昇すると、Ca2+/CaM が CaMKIIαを活性化する。神経活動に応じて神経細胞やシナプスにあるタンパク質をリン酸化してその機能を制御する重要な分子であると考えられている。

 

(注 2) 全エクソームシークエンス解析
ヒトゲノムの中で、タンパク質をコードしている重要な領域だけをシークエンスして効率よく解析する方法。

 

(注 3) 細胞から抽出した溶液
界面活性剤や超音波などを使って細胞膜を破壊し、細胞の中にあるタンパク質などの生体分子を抽出した溶液。

 

【論文情報】

雑誌名:「Frontiers in molecular neuroscience」(オンライン版:9 月 1 日)
論文タイトル:Förster resonance energy transfer-based kinase mutation phenotyping reveals an aberrant facilitation of Ca2+/calmodulin-dependent CaMKIIα activity in de novo mutations related to intellectual disability
著者:Hajime Fujii†*, Hiroyuki Kidokoro, Yayoi Kondo, Masahiro Kawaguchi, Shin-ichiro Horigane, Jun Natsume, Sayaka Takemoto-Kimura, Haruhiko Bito*
*: corresponding author
†: equally contribution
DOI 番号:10.3389/fnmol.2022.970031
アブストラクト URL:
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnmol.2022.970031/abstract

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 城所 博之 助教