TOP   >   医歯薬学   >   記事詳細

医歯薬学

2023.04.10

内因性の主要な DNA 損傷である脱塩基損傷の新規修復メカニズムの発見

名古屋大学大学院医学系研究科 分子機能薬学(研究当時)の杉本 陽平(すぎもと ようへい)大学院生と名古屋大学環境医学研究所ゲノム動態制御分野(同大学大学院医学系研究科協力講座)の増田 雄司(ますだ ゆうじ)准教授、金尾 梨絵(かなお りえ)助教、益谷 央豪(ますたに ちかひで)教授の研究チームは、大阪大学大学院基礎工学研究科の岩井成憲(いわい しげのり)教授、大阪大学大学院理学研究科附属フォアフロント研究センターの三宅ゆみ(みやけ ゆみ)特任研究員と共同で、DNA 脱塩基損傷※1 の新規修復メカニズムを明らかにしました。本研究成果は、英国の科学雑誌「Nucleic Acids Research」(2023 年 4 月 6 日付けの電子版)に掲載されました。細胞内の代謝産物等に起因して生じる内因性の DNA 損傷は、老化や発がん過程に関与すると考えられています。DNA 脱塩基損傷は最も頻繁に生じる内因性の DNA 損傷の一つであり、塩基除去修復※2 というメカニズムにより修復されますが、それでもヒトの組織では1細胞あたり 50,000–200,000 か所の脱塩基損傷が蓄積しています。DNA 脱塩基損傷は、遺伝情報が欠落した損傷である点と、化学的に不安定な構造を介して DNA 鎖の切断を生じる点に特徴があります。DNA 複製の際、鋳型となる DNA の一本鎖上に露出した脱塩基損傷は、遺伝情報の欠落により DNA ポリメラーゼ※3 の進行を妨げるだけではなく、DNA 鎖の切断に伴う重篤な DNA 二本鎖切断を引き起こし、細胞死を誘導します。
近年、海外の研究グループは、DNA 脱塩基損傷と共有結合し、DNA-タンパク質クロスリンク※4を形成することによって脱塩基部位での DNA 鎖の切断を防ぐタンパク質 HMCES を発見し、DNA 脱塩基損傷から細胞を保護する役割として DNA-HMCES タンパク質クロスリンクの重要性を指摘しました。一方で、この DNA-HMCES クロスリンク自体がより大きな DNA 損傷であり、DNA-HMCES クロスリンクが損傷のない元の DNA に修復されるメカニズムは不明のままでした。本研究では、この DNA-HMCES クロスリンク損傷の修復過程を世界で初めて明らかにしました。

 

【ポイント】

○ DNA 脱塩基損傷は最も頻繁に生じる内因性の DNA 損傷の一つであり、細胞死や突然変異誘発の原因になると考えられている。
○ DNA 脱塩基損傷の修復に関与する HMCES タンパク質は、DNA 脱塩基損傷に共有結合し、より大きな DNA 損傷である DNA-タンパク質クロスリンクを形成するが、その修復メカニズムは不明であった。
○ 本研究では、DNA-HMCES クロスリンク損傷の修復過程を世界で初めて明らかにした。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 DNA 脱塩基損傷
DNA はリン酸とデオキシリボース、塩基(アデニン、グアニン、シトシンもしくはチミン)からなるヌクレオチドのリン酸とデオキシリボース残基が直鎖状に重合した構造をとり、デオキシリボース残基に結合した塩基の相補的な対合によって二重螺旋を形成している。DNA 脱塩基損傷はリン酸とデオキシリボース部分はそのままで、デオキシリボース残基に結合していた塩基が脱離した DNA 損傷である。したがって DNA 脱塩基損傷では二重螺旋の相補的に対合する片方の塩基が消失しており、DNA 複製においては重合するべき塩基が不明となる。真核細胞の DNA 脱塩基損傷部位に対しては、DNA 複製酵素の作用により元の塩基に関係なく、主に dCMP、次いで dAMP が重合されると考えられている。塩基が脱離したデオキシリボース残基は閉環構造のフラノース型と開環構造のアルデヒド型の平衡状態で存在し、アルデヒド型は化学的に不安定なためリン酸とデオキシリボース残基の間で切断が起こりやすい。

 

※2 塩基除去修復
DNA 中の塩基が酸化やアルキル化などの修飾によって生じた損傷塩基を切り取り、損傷のない元の塩基に修復するメカニズム。塩基除去修復の第一段階では、損傷塩基が DNA グリコシラーゼによって切り取られ、DNA 脱塩基損傷が生じる。生じた DNA 脱塩基損傷はエンドヌクレアーゼ等の酵素によ
って処理され、最終的に修復部位とは反対側の DNA 鎖の遺伝情報を鋳型とした DNA 合成によって元の塩基が重合される。内因性、外因性の化学反応によって直接生じた DNA 脱塩基損傷もまた、DNA グリコシラーゼによって切り取られた DNA 脱塩基損傷と同様のメカニズムを経て修復される。

 

※3 DNA ポリメラーゼ
一本鎖 DNA を鋳型としてそれぞれの塩基(アデニン、グアニン、シトシンもしくはチミン)に相補的な塩基を一つずつ重合し、二本鎖 DNA を合成する酵素。酸化やアルキル化等により化学修飾された塩基や脱塩基損傷に対しては塩基の重合反応に支障をきたす場合が多い。姉妹染色分体の相同性を利用した複製は損傷部位での複製問題を回避するメカニズムの一つである。

 

※4 DNA-タンパク質クロスリンク
DNA とタンパクの間に共有結合を介した架橋(クロスリンク)を生じ、タンパク質が DNA に固定化された DNA 損傷。損傷のサイズが大きいことに特徴があり、一般に DNA 複製を強く阻害する。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Nucleic Acids Research
論文タイトル:Novel mechanisms for the removal of strong replication-blocking HMCES- and thiazolidine-DNA adducts in humans
著者:
Yohei Sugimoto1,2,†, Yuji Masuda1,2,*†, Shigenori Iwai3, Yumi Miyake4, Rie Kanao1,2, and Chikahide Masutani1,2
* Corresponding author
† Joint First Authors.
所属:
1Department of Genome Dynamics, Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8601, Japan
2Department of Molecular Pharmaco-Biology, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya 466-8550, Japan
3Graduate School of Engineering Science, Osaka University, 1-3 Machikaneyama, Toyonaka, Osaka, 560-8531, Japan
4Forefront Research Center, Graduate School of Science, Osaka University, 1-1 Machikaneyama, Toyonaka, Osaka 560-0043, Japan
Present Address: Yohei Sugimoto, Division of Molecular Oncology, Center for Neurological Diseases and Cancer, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya 466-8550, Japan

 

DOI: doi.org/10.1093/nar/gkad246

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Nuc_230410en.pdf

 

【研究代表者】

環境医学研究所 増田 雄司 准教授
http://www.riem.nagoya-u.ac.jp/4/genome/home.html