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数物系科学

2024.01.17

カゴメ金属の新奇な多重量子相を予言・制御する理論を構築 ― ループ電流・電荷秩序・超伝導が奏でる"アンサンブル" ―

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科の山川 洋一 講師と紺谷 浩 教授は、国立大学法人 京都大学基礎物理学研究所の田財 里奈 助教と共に、カゴメ格子構造注1)の金属化合物で創発する新奇な多重量子相注2)を予言し、かつ微小な外場により制御する理論を構築しました。
幾何学的フラストレーション注3)を有する新種の超伝導体であるカゴメ格子金属AV3Sb5(A=Cs,Rb,K)では、ナノスケールの永久電流が流れる「ループ電流相注4)」やダビデ星型パターンを伴う「電荷秩序」、回転対称性を破った「電子液晶相」など、新奇な量子相が共存して実現します。こうした多重量子相を自由に制御することは大変魅力的で、デバイス応用をはじめとする可能性が一気に広がります。
本研究ではGinzburg-Landau自由エネルギー理論注5)に基づき、磁場および一軸歪という「外場」を用いたカゴメ金属の多重量子相の制御理論を構築しました。本理論によると、カゴメ金属に微小な外場をかけることでループ電流相が顕著に増強します。その結果、いわば楽器の“アンサンブル”のように、電流・電荷・超伝導の3つの量子相が共存・競合するという、カゴメ金属の驚くべき実験事実を解明することができました。本理論提案は、カゴメ金属特有の量子相のみならず、高温超伝導体注6)など様々な金属の量子相の外場制御を可能とするため、高い汎用性があります。
本成果は2024年1月11日付アメリカ科学誌「Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America」誌(PNAS、米国科学アカデミー紀要)で公開されました。

 

【ポイント】

・カゴメ金属は、ループ電流相・電荷秩序・超伝導が発現する、新奇量子相の宝庫である。
・カゴメ金属の新規量子相を微小外場(磁場および一軸歪場)で制御する理論を構築した。
・本理論はカゴメ金属のみならず、高温超伝導体など他の金属にも適用可能である。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)カゴメ格子構造:
竹籠の網目模様に類似した2次元格子構造。カゴメ格子金属の強い幾何学フラストレーションにより、単純なスピン秩序や電荷秩序が抑制される一方で、電荷やスピンの強い量子揺らぎが発達し、新規な電子物性の舞台である。
注2)多重量子相:
量子性が強い金属電子の巨視的な性質(相)は量子相と呼ばれる。カゴメ金属においては、ループ電流相、ダビデ星型秩序相、超伝導相などの多彩な量子相が一様状態として共存する「多重量子相」が実現する。多重量子相では、これまでにない新奇な電子状態が実現し、その理解と制御は物理学における重要な課題である。
注3)幾何学フラストレーション:
カゴメ格子が有する三角形構造は、電子の磁気秩序や電荷秩序を著しく抑制する効果があり、幾何学フラストレーションと呼ばれる。このとき電子の粒子・波動の2面性が強調されて、新奇な電子状態が生まれやすい。
注4)ループ電流相
電子相関によって時間反転対称性を破った電子・正孔秩序が生じたとき、ループ電流が流れる。銅酸化物超伝導体において長年精力的に研究されてきたが、最近カゴメ金属において多数の有力な実験的観測が報告されている。
注5)Ginzburg-Landau自由エネルギー理論:
金属の量子相は、金属電子の自由エネルギーを考察し、その極小値を与える解として求まる。かつてGinzburgとLandauはその汎用性の高い理論を構築した。カゴメ金属における多重量子相は、複数の秩序変数を有するGinzburg-Landau自由エネルギーを構築し、その極小値問題を解くことで理解することが出来る。
注6)高温超伝導体:
超伝導転移温度が50Kを超える超伝導体のこと。大気圧下で実現する高温超伝導体として、1986年にベドノルツ・ミュラーにより発見された同酸化物高温超伝導体と、2008年に細野・神原により発見された鉄化合物の高温超伝導体がある。

 

【論文情報】

雑誌名: Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America誌(PNAS、米国科学アカデミー紀要)
論文タイトル:Drastic magnetic-field-induced chiral current order and emergent current-bond-field interplay in kagome metals
著者: 田財里奈(京都大学)、山川洋一(名古屋大学)、紺谷浩(名古屋大学) 
DOI: 10.1073/pnas.2303476121

 

【研究代表者】

大学院理学研究科 紺谷 浩 教授
http://www.s.phys.nagoya-u.ac.jp/