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化学

2024.01.19

珪藻の光合成アンテナの特異な光学機能を量子化学計算から解明 ~フコキサンチンの未知なる光吸収とエネルギー移動の役割を発見~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の藤本 和宏 特任准教授と柳井 毅 教授の研究チームは、珪藻の集光アンテナの特徴的な光吸収と励起エネルギー移動注2)に寄与する物理化学的要因を、量子化学計算注3)に基づく励起子モデル注4)を用いて解明しました。
珪藻とホウレンソウの集光アンテナは化学構造の類似した化合物で構成されていますが、吸収波長は異なっています。近年のクライオ電子顕微鏡注5)の進歩により、珪藻の集光アンテナであるフコキサンチン・クロロフィルa/c結合タンパク質(FCPII)は、四量体を形成することやホウレンソウの集光アンテナとは構成するプロトマー注6)の個数が異なることが明らかにされています。しかしながら、集光アンテナの吸収波長調節の分子機構は不明のままです。本研究では、励起子モデルを用いた吸収スペクトル注7)計算から、FCPIIに含まれるユニークなフコキサンチン分子(フコキサンチン-S)が珪藻に特徴的なスペクトルに大きく寄与していることを明らかにしました。また、フコキサンチン-Sは獲得した光エネルギーをクロロフィルへ効率的にエネルギー伝達していることも明らかにしました。さらなる解析から、これらのフコキサンチン-S分子の特異性はFCPIIの四量体化に伴うプロトマー間の近接化に起因することを突き止めました。
本研究で得られた知見は、長波長の太陽光が届かない海中で珪藻がフコキサンチン-Sを用いた光捕集をしていることを示すものであり、光合成生物がその生活環境に適応するための生存戦略について重要な情報を提供するものです。
本研究成果は、2024年1月18日付米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版に掲載されました。

 

【ポイント】

・長波長の太陽光が届かない海中で珪藻がどのように効率的に光を集めいているかを量子化学計算で解明
・フコキサンチン-S分子が珪藻集光アンテナ注1)の特徴的な光吸収に寄与することを発見
・フコキサンチン・クロロフィルa/c結合タンパク質(FCPII)の四量体化がフコキサンチン-S分子の特異性を生み出すことを解明
・光合成生物が生活環境に適応するための生存戦略を知る手がかりとなる重要な発見

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)集光アンテナ:
光合成を行う生物がもつタンパク質複合体であり、効率的な光捕集の役割を担っている。集光アンテナの内部にはカロテノイドやクロロフィルといった多数の色素分子が含まれている。集光アンテナの形状や光学的な性質は光合成生物ごとに大きく異なることが知られている。
注2)励起エネルギー移動:
光吸収により励起状態になった分子(ドナー)が脱励起して基底状態に戻るのと同時に別の分子(アクセプター)が励起状態に移る現象を指す。励起エネルギー移動により、ドナーのもつ励起エネルギー(光吸収により得られたエネルギー)がアクセプターに伝達される。蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)も励起エネルギー移動の一種である。
注3)量子化学計算:
量子力学の方程式(シュレーディンガー方程式)を数値的に解いて、分子や集合体の構造情報からそのエネルギー予測や電子構造を解析する計算化学的アプローチ。電子レベルで物質の相互作用を精密にシミュレーションすることで、反応機構や物性を高い信頼性と精密さで予測することができる。
注4)励起子モデル:
孤立した分子の励起状態ではなく、相互作用した複数の分子から構成される系の励起状態を求める計算モデル。集光アンテナは系が大きいために一般的な量子化学計算をそのまま適用することが困難である。これに対し、励起子モデルを用いることで比較的少ない計算コストで集光アンテナの励起状態を求めることが可能となる。
注5)クライオ電子顕微鏡:
試料を急速に冷却して凍結させた状態で構造解析を行う手法である。結晶化の困難なタンパク質に対しても高い分解能での構造解析が可能となっている。
注6)プロトマー:
タンパク質複合体を構成する一つ一つのサブユニット(構造単位)を指す。
注7)吸収スペクトル:
光の波長を変えたときの分子の光の吸収率を表示したもの。分子ごとに特徴のある形状をした吸収スペクトルが得られる。分子の性質の理解のために吸収スペクトルの解析が広く行われる。

 

【論文情報】

雑誌名:米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」
論文タイトル:“Spectral Tuning and Excitation-Energy Transfer by Unique Carotenoids in Diatom Light-Harvesting Antenna”
著者:藤本 和宏、関 拓哉、箕田 拓水、柳井 毅は責任著者)
DOI : 10.1021/jacs.3c12045
URL : https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.3c12045

 

【WPI-ITbMについて】http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。
ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究をおこなうミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発をおこない、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。これまで10年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPIアカデミー」のメンバーに認定されました。

 

【研究代表者】

トランスフォーマティブ生命分子研究所/大学院理学研究科 藤本 和宏 特任准教授柳井 毅 教授
https://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja/members/group/t-yanai.php