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人文学

2024.02.08

ホモ・サピエンスの石器技術はいつ、どのように革新したのか? ~ユーラシア拡散の時期、複数の段階があったことを明示~

名古屋大学博物館・大学院環境学研究科の門脇 誠二 教授と束田 和弘 准教授、名古屋大学博物館の渡邉 綾美 研究員、環境学研究科の須賀 永帰 博士後期課程学生らの共同研究グループは、明治大学、産業技術総合研究所、木曽広域連合、ヨルダン考古局・観光局との共同研究で、ホモ・サピエンスがユーラシアに拡散した頃(約5~4万年前)の文化進化について、石器の刃部獲得効率という点から明らかにしました
本研究では、ユーラシアに拡散し始めた頃、ホモ・サピエンスの石器は重厚で、刃部獲得効率が低かったことを示しました。この時期には、ホモ・サピエンスと、ネアンデルタール人など絶滅前の旧人との交雑がありました。その後、ユーラシア各地でホモ・サピエンスが増加した頃に発達した小型石器の技術が、刃部獲得効率の上昇をもたらしたことも明らかにしました。それと同時期に、旧人が各地で絶滅していきました。
この結果が支持するシナリオは、当時のホモ・サピエンスが「一度の革命」で生じた文化を携えて拡散し旧人と入れ替わったのではなく、文化進化には複数の段階や試行錯誤があり、そのプロセスと対応して旧人との交雑そして旧人の絶滅が生じた、というものです。こうした人類の進化史と文化史の統合的説明は人類史研究の最先端の試みであり、本研究成果はそれを進展させる重要な証拠になると期待されます。
本研究成果は、2024年2月7日19時(日本時間)付イギリス科学誌Springer Nature社の「Nature Communications」に掲載されます。

 

【ポイント】

・ホモ・サピエンスがユーラシアに拡散し始めた頃(約4.5万年前)の石器は重厚で、刃部獲得効率注1) (生産効率)が低かったことを初めて定量的に明らかにした。
・刃部獲得効率が上昇したのは、その後で(約4万年前)、それは石器の小型化注2)によって達成されたことを明らかにした。この時期は、ユーラシア各地でホモ・サピエンスが増加し旧人が絶滅した頃である。
・この結果は、当時のホモ・サピエンスの文化進化注3)がユーラシア拡散前の「一度の革命」だったのではなく、拡散した期間に複数の段階や試行錯誤があったことを示唆する。

 
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)刃部(じんぶ)獲得効率:
石器の刃部とは、ガラス質の岩石を打ち割って得られる剥片(はくへん)が有する鋭い縁辺のこと。この鋭い縁辺がナイフなどの利器として石器時代に用いられていた。したがって、一定量の岩石からどれだけ長い刃部(刃渡り)を得られるか、という指標が刃部獲得効率である。この指標から、石器製作の効率性(あるいは石材消費の節約性)を定量化することができる。刃部獲得効率の測定方法は単純で、石器縁辺の刃部の長さを石器の質量で割り算した値になる。つまり、石器の単位質量あたりの刃部長さ(例えば、mm/g)になる。この指標は石器研究で広く知られており、近年では石器製作実験やデジタル技術を通して刃部獲得効率を正確に見積もる方法が確立してきた。その最新の方法を本研究で採用した。
注2)石器の小型化:
小型の石器とは、長さ5 cm未満、幅1cm程度でカミソリの刃のような打製石器を意味する。柄にはめられて用いられた。専門用語では、小石刃(しょうせきじん)や細石器(さいせっき)と呼ばれる。
注3)文化進化:
ここでは「単純な発展」を意味するのではなく、人類集団が有する多様な文化要素(石器もその一部)が、特定の自然や社会環境そして文化伝達の下で時間的空間的に様々に変異するプロセスを意味する。

 

【論文情報】

雑誌名: Nature Communications
論文タイトル: Delayed increase in stone tool cutting-edge productivity at the Middle-Upper Paleolithic transition in southern Jordan
著者:Seiji Kadowaki(門脇誠二)1,*, Joe Yuichiro Wakano(若野友一郎)2, Toru Tamura(田村亨)3, Ayami Watanabe(渡邊綾美)1, Masato Hirose(廣瀬允人)4, Eiki Suga(須賀永帰)5, Kazuhiro Tsukada(束田和弘)1, Oday Tarawneh6 and Sate Massadeh7

 

下線は本学関係者
1 名古屋大学 博物館
2 明治大学 大学院先端数理科学研究科
3 産業技術総合研究所 地質情報研究部門
4 木曽広域連合 埋蔵文化財調査室
5 名古屋大学 大学院環境学研究科
6 ヨルダン考古局
7 ヨルダン観光局

 

DOI: 10.1038/s41467-024-44798-y
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-024-44798-y

 

【研究代表者】

名古屋大学博物館/大学院環境学研究科 門脇 誠二 教授
https://www.num.nagoya-u.ac.jp/outline/staff/kadowaki/laboratory/index.html

【関連情報】

インタビュー記事「5000個の石器と向き合い、見えてきたホモ・サピエンスの「試行錯誤」」(名大研究フロントライン)