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化学

2024.09.24

従来と真逆の合成戦略により8の字型分子構造を構築 ~キラル有機材料の開発に役立つ基盤技術として期待~

名古屋大学大学院工学研究科の福井 識人 講師らの研究グループは、平面π共役分子の骨格内部の結合を開裂するという独自の合成戦略に基づき、8の字型構造を有する非平面π共役分子の実用的合成法を開発しました。
8の字型にねじれた構造をもつキラルπ共役分子は、汎用されるキラルπ共役分子と比べて高い対称性の構造を有します。この構造的特徴のため、8の字型π共役分子は優れた円偏光発光注3)特性を示し、3Dディスプレイ材料や暗号通信材料の基盤骨格として有望です。しかし、8の字型π共役分子は合成の標的としてはくせ者で、その骨格構築を従来のボトムアップ型合成戦略注4)に基づく部分骨格同士の結合形成によって実施する場合、大量合成と不斉合成注2)のいずれもが困難でした。
本研究では、平面π共役分子の骨格内部の結合を切るという、従来とは真逆の合成戦略によって、8の字型π共役分子を市販の原料から簡便かつ大スケール、高エナンチオ選択的に合成することに成功しました。さらには、得られた分子を変換することで熱活性化遅延蛍光注5)と高効率な円偏光発光特性を両立する新材料を開発しました。本研究成果は、8の字型π共役分子の構造特異性を活かした材料開発を進める上での基盤技術として期待できます。
本研究成果は、2024年9月24日15時(日本時間)付米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に掲載されます。

 

【ポイント】

・平面π共役分子注1)の骨格内部の結合を開裂する新たな合成法を開発した。
・これにより、8の字型構造を有する非平面π共役分子を簡便かつ大スケール、高エナンチオ選択的注2)に合成することが可能となった。
・本成果はキラル注2)有機材料を開発するための基盤技術として期待できる。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)π共役分子:
多くの二重結合がつながった構造をもつ有機化合物。光を吸収したり発光したり電気を流したりする性質をもつ。有機トランジスタ、有機太陽電池、有機発光ダイオードにおいて本質的に重要な分子群。
注2)エナンチオ選択的、キラル、不斉合成:
右手と左手のように、鏡写しの関係にありつつもそれぞれを重ね合わせることができない性質をキラルという。ここで鏡写しの関係にある2つの化合物をエナンチオマーと呼ぶ。エナンチオマーのうち片方を化学的に与えることをエナンチオ選択的といい、そのような合成手法を不斉合成という。
注3)円偏光発光、g値:
日常の光は右回りと左回りの円偏光が同じ割合で含まれているが、これらのうちどちらかに偏った光を発光する現象を円偏光発光という。偏りの度合いはg値によって定量化され、その最大値は2である。
注4)ボトムアップ型合成戦略:
パズルを組み合わせるように、合成の標的とする分子の骨格をその部分構造をつなげることで逐次的に組み上げる合成戦略。
注5)熱活性化遅延蛍光:
ここでは特に、三重項励起状態(2つの電子スピンが平行な励起状態)に熱を与えてスピンを反転させて生じた一重項励起状態(2つの電子スピンが反平行な励起状態)が示す蛍光を指す。これを活用すると有機ELの内部量子効率の理論限界が25%から100%に向上する。

 

【論文情報】

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文タイトル:Inner-Bond-Cleavage Approach to Figure-Eight Macrocycles from Planar Aromatic Hydrocarbons
著者:用品 伶時(名古屋大学)、平野 純一朗(名古屋大学)、西本 絵美子(名古屋大学)、坂本 祐樹(名古屋大学)、田島 慶太(名古屋大学)、三鍋 駿介(名古屋大学)、ウヤヌク ムハメット(名古屋大学)、石原 一彰(名古屋大学)、井改 知幸(名古屋大学)、八島 栄次(名古屋大学)、大峰 拓也(大阪大学)、石割 文崇(大阪大学)、佐伯 昭紀(大阪大学)、Jinseok Kim(Yonsei University)、Juwon Oh(Soonchunhyang University)、Dongho Kim(Yonsei University)、Guanting Liu(九州大学)、安田 琢麿(九州大学)、忍久保 洋(名古屋大学)、福井 識人*(名古屋大学)(*は責任著者)
DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.4c07985

 

【研究代表者】

大学院工学研究科 福井 識人 講師
https://www.chembio.nagoya-u.ac.jp/labhp/organic1/index.html