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医歯薬学

2024.12.05

アルツハイマー病の新たな治療標的を発見 ~脳内のカンナビノイド受容体2型への刺激が認知機能障害を改善~

名古屋大学環境医学研究所/医学系研究科の祖父江 顕特任助教(筆頭著者)、山中 宏二教授らの研究グループは、東京都健康長寿医療センター、理化学研究所脳神経科学センター、名古屋市立大学医学研究科との共同研究により、カンナビノイド受容体2型(CB2)刺激によるアルツハイマー病(AD)の病態を改善する仕組みを解明しました。
CB2は免疫系の細胞に発現しており、刺激することにより病的な炎症を抑制して、細胞を保護する役割を果たしていますが、アルツハイマー病をはじめとする神経疾患におけるCB2刺激の効果や作用メカニズムに関してはよくわかっていません。
本研究では、ADマウス注5)の大脳皮質から単離したグリア細胞および病理診断によりADと診断された死後脳の楔前部(けつぜんぶ)注6)におけるCB2の発現解析を行いました。また、CB2の選択的作動剤であるJWH 133をADマウスに投与し、認知機能および神経炎症の変化を解析しました。
その結果、CB2はADマウスのミクログリアに主に発現しており、ADの病態進行に伴って発現上昇することが明らかとなりました。また、ADの死後脳でも同様にCB2の発現上昇が確認されました。さらに、JWH 133の投与によるミクログリアのCB2刺激によりADマウスにおける認知機能の低下が改善しました。この認知機能の改善にはミクログリアからの補体注7)C1qの分泌が抑制され、それに伴うアストロサイトの病的な活性化の抑制が関与すると考えられます。
これらの研究成果はCB2を標的とした神経炎症の制御によるアルツハイマー病の新たな治療法の開発に繋がることが期待されます。
本研究は、2024年11月26日付 国際医学誌「Cell Death and Disease」に掲載されました。

 

【ポイント】

・カンナビノイド注1)受容体2型(CB2)はアルツハイマー病(AD)死後脳およびADモデルマウスのミクログリア注2)に発現し、病態進行に伴って発現が上昇することを発見。
・CB2の選択的作動剤であるJWH 133の慢性投与によりADモデルマウスの認知機能障害が改善。
・CB2の慢性刺激によりアストロサイト注3)の病的活性化を抑制して神経炎症注4)が改善することを発見。
・CB2を標的とした新たなアルツハイマー病治療法の開発が期待される。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 
【用語説明】

注1)カンナビノイド:
大麻草に含まれる生理活性物質の総称で、人工的に合成された化合物や生体内で合成される内因性カンナビノイドなど分類がある。カンナビノイド受容体1型は神経細胞、2型は免疫系の細胞に分布している。
注2)ミクログリア:
中枢神経系に存在するグリア細胞の一種であり、脳内の免疫細胞として脳内環境の監視や異物の除去などの役割を担う。
注3)アストロサイト:
中枢神経系に存在するグリア細胞の一種であり、脳の環境維持や神経機能調節などさまざまな機能を持つ。
注4)神経炎症:
神経感染症、神経免疫疾患、神経変性疾患などにおいて、ミクログリアの異常活性化や応答異常によって神経傷害性因子の過剰な放出や、神経保護機能の喪失といった神経周囲の環境が毒性転換する現象。一方、神経保護的な神経炎症も存在する。
注5)ADマウス:
遺伝性アルツハイマー病の原因遺伝子であるAPP遺伝子に、疾患由来の変異を導入した変異APP遺伝子をもつ遺伝子組み換えマウスが多数作成されて研究に用いられている。本研究ではAPPノックインマウス(AppNL-G-Fマウス:ヒト配列化したAβに、患者由来の3種類の変異であるSwedish 変異、Iberian 変異、Arctic 変異を導入した遺伝子組換えマウス)を使用している。ADの病理学的特徴である、アミロイドβの蓄積、神経炎症、認知機能低下をよく再現している。
注6)楔前部(けつぜんぶ):
大脳頭頂葉の後部内側に位置する領域で、脳のアイドリング状態の活動に寄与し、早期からアミロイドβが蓄積することが知られる。
注7)補体:
生体に侵入した病原微生物などの抗原を排除するための免疫反応を媒介するタンパク質の総称である。「抗体の働きを補完する」という意味で、「補体」と名付けられた。血液中に含まれるが、脳内にも存在する。

 

【論文情報】

雑誌名:Cell Death and Disease
論文タイトル:Microglial cannabinoid receptor type II stimulation improves cognitive impairment and neuroinflammation in Alzheimer's disease mice by controlling astrocyte activation
著者:Akira Sobue1,2,3, Okiru Komine1,2, Fumito Endo1,2, Chihiro Kakimi1, Yuka Miyoshi1, Noe Kawade1,2, Seiji Watanabe1,2, Yuko Saito4, Shigeo Murayama4,5, Takaomi C Saido6, Takashi Saito1,7, Koji Yamanaka1,2,8,9,10*

 

1Department of Neuroscience and Pathobiology, Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University, Aichi, 464-8601, Japan.
2Department of Neuroscience and Pathobiology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Aichi, 466-8550, Japan.
3Medical Interactive Research and Academia Industry Collaboration Center, Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University, Aichi, 464-8601, Japan.
4Brain Bank for Aging Research (Neuropathology), Tokyo Metropolitan Geriatric Hospital and Institute of Gerontology, Tokyo, 173-0015, Japan
5Brain Bank for Neurodevelopmental, Neurological and Psychiatric Disorders, United Graduate School of Child Development, Osaka University, Osaka, Japan.
6Laboratory for Proteolytic Neuroscience, RIKEN Center for Brain Science, Saitama, 351-0198, Japan
7Department of Neurocognitive Science, Institute of Brain Science, Nagoya City University Graduate School of Medical Sciences, Aichi, 467-8601, Japan
8Institute for Glyco-core Research (iGCORE), Nagoya University, Aichi, Japan
9Center for One Medicine Innovative Translational Research (COMIT), Nagoya University, Aichi, Japan
10Research Institute for Quantum and Chemical Innovation, Institutes of Innovation for Future Society, Nagoya University, Aichi, Japan
* Corresponding Author

 

DOI:doi.org/10.1038/s41419-024-07249-6
URL:https://www.nature.com/articles/s41419-024-07249-6

 

【研究代表者】

環境医学研究所 山中 宏二 教授、主著者:環境医学研究所 祖父江 顕 特任助教
https://www.riem.nagoya-u.ac.jp/4/mnd/index.html