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医歯薬学

2025.02.19

"新しい細胞死でがん治療に光を" 近赤外光線免疫療法の細胞死メカニズム"Photochemosis" 〜光化学反応による細胞膜裏打ち構造の破砕の詳細を解明し、臨床実装や集学治療を後押し〜

名古屋大学大学院医学系研究科・高等研究院・医工連携ユニット(JST 創発的研究支援事業 1 期生)の佐藤和秀 特任講師、同大学大学院医学系研究科総合保健学専攻 オミックス医療科学の佐藤光夫 教授、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)の小椋俊彦 上級主任研究員、同 岡田知子 テクニカルスタッフらの研究グループは、近赤外光線免疫療法の細胞死メカニズムを新開発の顕微鏡である走査型電子線誘電顕微鏡( SE-ADM )を用いることで解析し、その細胞死を“Photochemosis”と名付け新規細胞死としての詳細機序を明らかにしました。本研究成果は、JST 戦略的研究推進事業 CREST [細胞外微粒子] JPMJCR19H2、代表;小椋俊彦、分担;佐藤和秀)・JST 創発的研究支援事業 FOREST(創発的研究支援事業1期:JPMJFR2017、佐藤和秀)の支援のもとで実施されました。
近赤外光線免疫療法(Near Infrared Photoimmunotherapy; NIR-PIT)は、2020 年に世界に先駆けて日本で再発既治療頭頸部がんに限定承認され、日本各地で治療応用が進み、アジア・インド・中東・アフリカなどグローバルに展開されつつあります。光を用いた超選択的な治療として今後のさらなる展開が期待されていますが、その細胞死機序の詳細は未だ完全には明らかとなっておらず、従来のがん治療の4つの技術である手術、化学療法、放射線治療、がん免疫治療や、従来の光を用いた治療法の光線力学的治療(Photodynamic Therapy; PDT)との違いが不明でした。
第一著者/責任著者の名古屋大学の佐藤和秀 特任講師らは 2018 年に ACS Central Science 誌に NIR-PIT の細胞死の起点が、光吸収体 IR700 の親水性側鎖軸配位子(C14H34NO10S3Si;シラノール)が光化学的配位子反応により結合体から解離することで、抗体を含む残りの構造が急速に疎水性となり、凝集することを証明していましたが(Sato K, et al, ACS Central Science, 2018、Nov 28;4(11):1559-1569.)、本光化学反応と作用点である細胞膜への影響と細胞死の詳細機序は未だ不明でした。
今回、産総研の小椋俊彦上級主任研究員の開発した新画像化技術である走査電子誘電率顕微鏡(SE-ADM)を用いて、NIR-PIT 治療の細胞を詳細観察し、生化学的、細胞生物学的な解析と合わせて、光吸収剤である IR700 の光化学反応が、近赤外光照射により細胞膜直下のアクチンフィラメントの凝集を引き起こしその細胞膜支持機能を破壊することによって、細胞内外の浸透圧較差に従って水が細胞内に流入して細胞が膨潤し細胞死が起こる分子機構を明らかにし、これまで報告のある細胞死とは異なる新規の細胞死として“Photochemosis”と名付けました。本治療機序は、従来の光治療として知られている PDT の報告されている細胞死機序と異なるものであり、光標的治療としての NIR-PIT の独自性の証明となり、NIR-PIT のさらなる普及と実装の科学的な裏付けになると期待されます。 新規細胞死“Photochemosis”を提唱樹立し証明することで、NIR-PIT の細胞死がこれまでのがん治療技術である手術、化学療法、放射線治療、がん免疫治療と完全に異なることから、NIR-PIT が新規の独立したがん治療技術“第5のがん治療”であり、今後の様々ながん治療技術との組み合わせである集学治療の理論的な裏付けとなるもので、医療貢献できると考えられます。
本研究成果は、2025 年 2 月 18 日付(日本時間 2 月 19 日)米国化学会雑誌『ACS nano』のオンライン先行版に掲載されました。

 

【ポイント】

○近赤外光線免疫療法の細胞死メカニズム “Photochemosis”を産業技術総合研究所(産総研)の小椋俊彦上級主任研究員の開発した新しい画像化技術である走査電子誘電率顕微鏡(SE-ADM)を用いることで詳細解明した。
○細胞膜下を裏打ちしているアクチンフィラメントが重要な役割を果たしていること、および、光吸収剤である IR700 の光化学反応が、近赤外光照射によりアクチンフィラメントの凝集を引き起こし、その結果として細胞膜を破砕し細胞死を引き起こすことを実証した。
○本研究結果による“Photochemosis”の細胞死理論構築と証明が達成でき、本解明によって、これまでのがん治療技術である手術、化学療法、放射線治療、がん免疫治療や既存の光治療として知られる光線力学療法と細胞死機序が完全に異なることから、近赤外光線免疫療法は新規の独立したがん治療技術で“第5のがん治療”であることが証明された。
○“Photochemosis”という新規細胞死の詳細が明らかになり、将来の他のがん治療技術との組み合わせ治療などの集学治療理論の学問的な裏付けとなる。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【論文情報】

雑誌名:ACS nano
論文タイトル:Photoinduced Actin Aggregation Involves Cell Death: A Mechanism of Cancer Cell Cytotoxicity after Near-Infrared Photoimmunotherapy
著者: Kazuhide Sato1,2,3,4,5†*, Tomoko Okada3,6 †, Ryu Okada1,2, Hirotoshi Yasui2, Mizuki Yamada2,7, Yoshitaka Isobe2, Yuko Nishinaga2, Misae Shimizu2, Chiaki Koike2, Rika Fukushima2,7, Kazuomi Takahashi2, Shunichi Taki2, Ayako Kato2, Mitsuo Sato7, Toshihiko Ogura3,6
DOI:10.1021/acsnano.5c00104

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Acs_250219en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 佐藤 和秀 特任講師
https://researchmap.jp/7000019512