化学
2025.10.10
細胞内の脂質代謝を可視化する蛍光プローブを開発 ~脂肪滴の動態解析により疾患理解、診断・治療法開発に貢献~
・脂肪滴注1)で脂質の加水分解が進行すると蛍光寿命が変化する蛍光プローブ(特定の物質や化学反応を蛍光として検知できる分子)を開発し、この特性を利用して脂質代謝を解析する新たな技術を確立した。
・肝臓がん細胞では、脂肪滴ごとに加水分解活性が不均一であることを見いだし、その違いは中性脂肪を分解する酵素(ATGL注2))に起因することを明らかにした。
・脂肪滴選択的なオートファジー(リポファジー注3))は、加水分解が進行した脂肪滴に対して起こることを明らかにした。
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM※)・学際統合物質科学研究機構(IRCCS※)の山口 茂弘 教授、岐阜大学糖鎖生命コア研究所(iGCORE※)の多喜 正泰 教授らの研究グループは、脂肪滴に特異的に局在する環境応答型蛍光プローブを開発し、脂質の加水分解の進行度を蛍光寿命の違いとして可視化する新たな解析技術を確立しました。
脂質代謝異常は、がん、糖尿病、肥満、動脈硬化など多様な疾患と密接に関連しています。脂質を蓄積する脂肪滴は、脂質代謝の中核を担う細胞内小器官(オルガネラ)であり、その動態を明らかにすることは疾患の理解に不可欠です。蛍光イメージングは脂肪滴動態の解析において強力な手法であり、脂肪滴を染色する蛍光プローブはこれまでも多く開発されてきました。しかし、これらは主として脂肪滴の大きさや挙動を可視化するにとどまり、脂肪滴内部における脂質の代謝状態をリアルタイムに捉えることは困難でした。
今回開発したプローブは、脂肪滴の主要構成脂質であるトリグリセリド(TAG)注4)と、TAGが加水分解されて生成するジグリセリド(DAG)注5)の割合に応じて蛍光寿命が変化する特性を示します。肝臓がん細胞内の脂肪滴を標識し、蛍光寿命イメージング顕微鏡(FLIM)注6)で観察したところ、蛍光寿命に不均一性が認められ、脂肪滴ごとに加水分解の進行度が異なることを明らかにしました。さらに本技術を活用することで、脂肪滴選択的オートファジー(リポファジー)に先行して脂肪滴分解リパーゼによる脂肪分解(リポリシス注7))が起こることを解明しました。
本研究成果は、2025年10月9日21時(日本時間)に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に掲載されました。
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注1)脂肪滴:
トリグリセリドやコレステロールエステルなどの中性脂肪がリン脂質の単分子膜で囲まれた構造体。膜表面にはさまざまなタンパク質が存在しており、脂肪滴のサイズ調節や脂質代謝制御に重要な役割を担っている。
注2)ATGL:
脂肪トリグリセリドリパーゼ。トリグリセリドをジグリセリドに加水分解する酵素。
注3)リポファジー:
オートファジーによる脂肪滴分解。脂肪滴を含んだオートファゴソームがリソソームと融合することによって、分解が進行する。
注4)トリグリセリド(TAG):
中性脂肪の一つで、1分子のグリセロールに3分子の脂肪酸がエステル結合した分子の総称。トリオレイン酸(TO)は3分子のオレイン酸が結合したもの。
注5)ジグリセリド(DAG):
1分子のグリセロールに2分子の脂肪酸がエステル結合した分子の総称で一つの水酸基をもつ(例えばジオレイン酸(DO))。
注6)蛍光寿命イメージング顕微鏡(FLIM):
蛍光分子が光により励起されてから、蛍光を発してもとの状態に戻るまでの時間(蛍光寿命)を計測し、その値を擬似カラーとしてマッピングする方法。蛍光波長の強度による解析の欠点を補うイメージング手法として注目されている。
注7)リポリシス:
ATGLやホルモン感受性リパーゼ(HSL)などの加水分解酵素の働きによる段階的なTAGの分解経路。
※【WPI-ITbMについて】(http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。WPI-ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究をおこなうミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発をおこない、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。これまで10年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPIアカデミー」のメンバーに認定されました。
※【IRCCSについて】(http://irccs.nagoya-u.ac.jp)
学際統合物質科学研究機構(IRCCS)は、名古屋大学、北海道大学触媒科学研究所、京都大学化学研究所附属元素科学国際研究センター、九州大学先導物質化学研究所の4大学がコアとなり、単なる研究所連携を越えた組織として、2022年に名古屋大学に設置されました。物質創製化学分野の融合フロンティアの開拓に挑むとともに、国際・異分野・地域・産学官の連携を強力に進める場を構築することにより、当該分野の世界的トップ拠点の形成を目指しています。触媒、バイオ機能、マテリアルを中心とした新分野創出の潮流を生むとともに、持続可能社会の進歩に貢献する科学研究を展開することを目的としています。
※【iGCOREについて】(https://igcore.thers.ac.jp)
岐阜大学糖鎖生命コア研究所は、名古屋大学糖鎖生命コア研究所と連携し、東海国立大学機構が実施する連携拠点支援事業(糖鎖生命コア研究拠点)としての支援を得ながら、世界と伍する研究拠点を目指しています。
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文タイトル:Single-Cell Fluorescence Analysis of Lipid Droplet Compositional Dynamics during Triacylglycerol Catabolism
著者:Junwei Wang, Keiji Kajiwara, Manish Kesherwani, Florence Tama, Yuki Ohsaki, Shigehiro Yamaguchi*, Masayasu Taki*(*は責任著者)
DOI:doi.org/10.1021/jacs.5c11742
URL:https://doi.org/10.1021/jacs.5c11742
トランスフォーマティブ生命分子研究所 山口 茂弘 教授
https://orgreact.chem.nagoya-u.ac.jp