・Rhoキナーゼ2の働きを選択的に抑える薬剤が、統合失調症に関連する認知機能の障害や行動の異常を改善しました。
・KD025の口からの投与は、効果がみられる量では、非選択的Rhoキナーゼ阻害薬で課題となる血圧低下や、従来の抗精神病薬で問題となることがある錐体外路症状、高プロラクチン血症、高血糖を認めませんでした。
・Rhoキナーゼ2を標的とした治療が、従来の治療薬では課題となっていた副作用を抑えつつ、統合失調症の認知機能の障害などに対する新しい治療法の開発につながる可能性が示されました。
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科医療薬学の田中里奈子 特任助教(研究当時、現 アラバマ大学バーミングハム校 博士研究員)、山田清文 名誉教授(現 藤田医科大学 客員教授)、溝口博之 准教授、同大医学系研究科精神疾患病態解明学の尾崎紀夫 特任教授、藤田医科大学精神・神経病態解明センター神経行動薬理学研究部門の永井拓 教授らの研究グループは、マウスを用いた実験を行いました。
その結果、Rhoキナーゼ2※1の働きを選択的に抑える薬剤が、統合失調症に関連する認知機能の障害や行動の異常を改善し、さらに副作用も起こりにくい可能性を明らかにしました。
統合失調症の治療薬は、幻覚や妄想などには効果がありますが、考える力や覚える力などの認知機能の障害には十分な効果が得られないことがあります。また、身体の動かしにくさなどの副作用が問題になることがあります。研究グループはこれまで、日本人統合失調症患者のゲノム解析※2により、発症に強く関わるARHGAP10※3遺伝子バリアント※4を見いだし、そこからRhoキナーゼが新しい治療の標的になり得ることを報告してきました。しかし、これまでのRhoキナーゼの働きを抑える薬には血圧低下を起こす可能性があり、治療薬として使う上で課題がありました。
そこで本研究では、脳に多く存在するRhoキナーゼ2に着目し、統合失調症の特徴を再現した複数のモデルマウスに、Rhoキナーゼ2選択的阻害薬KD025を投与しました。その結果、認知機能の障害や行動の異常が改善したほか、神経細胞どうしのつながりに関わるスパイン※5の減少も改善しました。さらに、KD025は、効果がみられる量では、血圧低下や錐体外路症状※6、高プロラクチン血症※7、高血糖※8といった副作用は認められませんでした。これらの結果は、Rhoキナーゼ2を標的とした治療が、従来の治療薬では課題となっていた副作用を抑えつつ、統合失調症の認知機能の障害などに対する新しい治療法の開発につながる可能性を示しています。
本研究成果は、2026年4月1日に、雑誌『Molecular Psychiatry』にオンライン掲載されました。
本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム(精神・神経疾患メカニズム解明プロジェクト 研究開発課題名「精神疾患リスクバリアントに基づくモデル系の活用と多モダリティ産学連携による創薬シーズ及び層別化バイオマーカー開発」、このほか関連する複数のAMED課題の支援を受けて実施されました。
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※1 Rhoキナーゼ2
細胞の働きを調節する酵素の一つで、Rhoという分子によって活性化されます。神経細胞の形づくりやつながり、学習や記憶に関わる脳の働きに重要な役割を持ちます。Rhoキナーゼには複数のタイプがあり、その中でもRhoキナーゼ2は脳に多く存在します。論文中ではROCK2と表記されています。
※2 ゲノム解析
生物が持つすべての遺伝情報(ゲノム)を網羅的に調べる解析手法です。疾患の発症に関わる遺伝子や遺伝子バリアントを同定することで、病態の解明や新たな治療標的の探索に役立ちます。
※3 ARHGAP10
RhoGTP-アーゼ活性化タンパク質10という名前の遺伝子で、神経細胞の発達と機能の維持に関わっています。
※4 バリアント
同じ生物集団の中で見られる遺伝子型の違いのことです。変異とも呼びます。
※5 スパイン
成熟した神経細胞上に存在する棘状の構造体のことです。別の神経細胞から放出された神経伝達物質を受け取って、記憶・学習などの機能に強く関与しています。
※6 錐体外路症状
薬剤の影響などにより生じる不随意運動や筋のこわばりなどの運動障害を指します。
※7 高プロラクチン血症
血液中のホルモンであるプロラクチンの濃度が異常に高くなる状態です。
※8 高血糖
血液中のブドウ糖(血糖)の値が通常より高くなった状態を指します。
雑誌名:Molecular Psychiatry
論文タイトル:Antipsychotic-like effects of the selective Rho-kinase 2 inhibitor KD025 in genetic and pharmacological mouse models of schizophrenia
著者:Rinako Tanaka, Jingzhu Liao, Yue Liu, Wenjun Zhu, Kisa Fukuzawa, Masamichi Kondo, Masahito Sawahata, Daisuke Mori, Akihiro Mouri, Hisayoshi Kubota, Daiki Tachibana, Yohei Kobayashi, Tetsuo Matsuzaki, Taku Nagai, Toshitaka Nabeshima, Kozo Kaibuchi, Norio Ozaki, Hiroyuki Mizoguchi, Kiyofumi Yamada
DOI: 10.1038/s41380-026-03567-7
URL: https://doi.org/10.1038/s41380-026-03567-7
大学院医学研究科 溝口 博之 准教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/pharmacy/labo/