・鉄による強い酸化ストレスの中で、本来は細胞死に至るはずの腎近位尿細管細胞の一部が、巨大な核をもつ「巨大核細胞」として生き残ることを明らかにしました。
・BRCA1遺伝子の機能低下は、ミトコンドリア機能障害とフェロトーシス抵抗性を伴う巨大核細胞を増加させ、Myc、Met、Lcn2などの発がん関連プログラムを活性化しました。
・巨大核細胞だけでなく周囲の小型上皮細胞や間質細胞にも類似した生存・鉄代謝プログラムが広がり、発がん前段階の「前がん性ニッチ(足場)」が形成されることを示しました。
・核の形や大きさという病理組織学的特徴が、環境由来の酸化ストレスへの適応と将来 の発がんリスクを読み解く機能的指標となる可能性を提示しました。
名古屋大学大学院医学系研究科 生体反応病理学の孔穎怡(Kong Yingyi)助教、豊國伸哉名誉教授、同腫瘍病理学・分子病理学の白木之浩講師、榎本篤教授、同医学部附属病院 腎臓内科の古橋和拡講師、同大学院医学系研究科 腎臓内科学の丸山彰一教授、量子科学技術研究開発機構放射線医学研究所 放射線影響予防研究部の今岡達彦部長らの研究グループは、腎発がんモデル、単一細胞空間トランスクリプトーム解析*1)、デジタル病理による核形態解析、ミトコンドリア機能解析、ならびにヒトがんデータを統合し、鉄による酸化ストレスを生き延びる「巨大核細胞*2)」が腎がん発生の初期段階における足場を形成することを明らかにしました。
鉄は生命に必須である一方、過剰になると活性酸素を生み、DNA、脂質、タンパク質を傷つけます。通常、このような強い酸化ストレスを受けた細胞はフェロトーシス*3)などの細胞死によって排除されます。しかし、がんが発生するためには、一部の傷害細胞がこの排除を免れて生き残る必要があります。その細胞が組織内のどこに存在し、どのような形態と遺伝子発現を示すのかは、これまで十分に分かっていませんでした。
本研究では、鉄化合物によって腎がんを誘発するラットモデルを用い、正常型とBrca1遺伝子変異型の腎組織を比較しました。その結果、BRCA1*4)の機能が半分に低下した状態では、核が著しく大きく不整な近位尿細管細胞が増加し、ミトコンドリア機能の低下、フェロトーシス抵抗性、Myc・Met・Lcn2などの発がん関連遺伝子の活性化を伴うことが分かりました。さらに、こうした変化は巨大核細胞の内部だけにとどまらず、周囲の上皮細胞や間質にも広がっていました。すなわち、巨大核細胞は孤立した異常細胞ではなく、発がんに向かう組織領域を示す「目印」であり、周囲と一体となって前がん性ニッチ*5)を形成すると考えられます。
ヒト腎がんの公開データおよびBRCA1変異を有する乳腺組織の核形態解析でも、巨大核細胞に関連する遺伝子プログラムと核形態変化の臨床的関連性が支持されました。本成果は、病理診断で古くから観察されてきた「核の大きさ・形」が、環境ストレスへの適応状態を映す機能的情報であることを示し、発がんの早期検出や予防標的の開発につながる可能性があります。
本研究成果は、国際科学誌「Redox Biology」に2026年7月8日付でオンライン掲載されました。
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*1)空間トランスクリプトーム解析:組織内の位置情報を保ったまま、各細胞で働く遺伝子を測定する技術。本研究ではXenium In Situを使用しました。
*2)巨大核細胞(karyomegalic cell):通常より著しく大きい核をもつ細胞。本研究では、核面積だけでなく、円形度、長軸化、凹凸、クロマチン濃度などを定量し、複数の巨大核細胞状態を同定しました。
*3)フェロトーシス:鉄依存性に細胞膜脂質が酸化されて起こる制御された細胞死。がん細胞はしばしばフェロトーシス抵抗性を獲得します。
*4)BRCA1:DNA二本鎖切断の修復や染色体安定性の維持に関わるがん抑制遺伝子。片方の遺伝子機能が失われた状態をハプロ不全と呼びます。
*5)前がん性ニッチ:将来の腫瘍形成を促す可能性のある局所的な細胞環境。異常上皮細胞だけでなく、その周囲の上皮細胞、間質細胞、代謝・シグナル環境を含みます。
雑誌名:Redox Biology
論文タイトル:Iron-catalyzed oxidative stress reveals an exposome-related ferroptosis-resistant karyomegalic niche in BRCA1-linked renal carcinogenesis
著者:Yingyi Kong, Yukihiro Shiraki, Kazuhiro Furuhashi, Shoichi Maruyama, Tatsuhiko Imaoka, Atsushi Enomoto, Shinya Toyokuni
DOI:10.1016/j.redox.2026.104293
URL:https://doi.org/10.1016/j.redox.2026.104293
受理日:2026年7月7日
掲載日:2026年7月8日
大学院医学系研究科生体反応病理学 豊國 伸哉 名誉教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/laboratory/basic-med/pathology/pathology1/