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生物学

2021.01.27

先天的不妊モデル動物の繁殖能力の回復に成功 -卵胞発育を司る繁殖中枢ニューロンを同定-

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の長江 麻佑子 大学院生、束村 博子 教授、上野山 賀久 准教授、井上 直子 講師らの研究グループは、生理学研究所遺伝子改変動物作製室の平林 真澄 准教授、同ウイルスベクター開発室の小林 憲太 准教授との共同研究で、先天的不妊モデル動物の繁殖能力を回復させることに成功し、弓状核キスペプチンニューロン (ニューロキニンBとダイノルフィンAも合成、分泌することからKNDyニューロンとも呼ばれる) が卵胞発育を司る繁殖中枢であることを証明しました。

本研究グループは、先天的不妊モデル動物 (全身性キスペプチン遺伝子ノックアウトラット) の脳内において、弓状核と呼ばれる領域のKNDyニューロンを復元しました。その結果、2割以上のKNDyニューロンを復元させることで、これらの動物において、脳から卵巣への指令を伝達する性腺刺激ホルモンの分泌が回復し、卵胞を排卵可能なサイズにまで発育させることに成功しました。また、後天的にキスペプチン遺伝子をノックアウトできるラットの作製にも成功しました。その遺伝子改変ラットの繁殖機能は正常でしたが、後天的に9割以上のKNDyニューロンでキスペプチン遺伝子を喪失させると、性腺刺激ホルモンの分泌が消失しました。これらの結果から、本研究グループは、弓状核KNDyニューロンが性腺刺激ホルモン分泌を制御し、卵胞発育を司る繁殖中枢であることを証明するとともに、2割のKNDyニューロンの復元により生殖機能を回復できることを示しました。

本知見は、家畜の繁殖障害の治療、ヒトの不妊治療などへの応用が期待されます。

この研究成果は、2021年1月26日(米国東部時間)に米国科学アカデミー紀要 (PNAS) のオンライン版に掲載されました。


【ポイント】

・先天的不妊モデル動物において、2割以上のKNDyニューロンを復元することで、性腺刺激ホルモン分泌を回復させ、卵胞を排卵可能なサイズにまで発育させることに世界ではじめて成功した。

・後天的に9割以上のKNDyニューロンの機能を喪失させると、性腺刺激ホルモン分泌不全となり、不妊となることを明らかにした。

・本知見は、家畜の繁殖障害やヒトの不妊治療などへの応用が期待される。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

キスペプチン:2001年に発見された約50個のアミノ酸からなるペプチドホルモン。哺乳類の繁殖を最上位でコントロールしていることで大きな話題となった。

 

キスペプチンニューロン:キスペプチンを合成、分泌するニューロン。その細胞体はおもに視床下部弓状核と視床下部前方に位置する前腹側室周囲核 (動物種によっては視索前野) と呼ばれる2つの脳領域に密集して存在する。

 

全身性キスペプチン遺伝子ノックアウトラット:本研究グループが2015年に世界に先駆けて作製したキスペプチン欠損ラット。性腺刺激ホルモン分泌を喪失し、先天性不妊を示すモデル動物。

 

性腺刺激ホルモン:下垂体から分泌され、性腺すなわち卵巣や精巣の機能を刺激するホルモンの総称。

 

【論文情報】

雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA

論文タイトル:Direct evidence that KNDy neurons maintain gonadotropin pulses and folliculogenesis as the GnRH pulse generator

著者:Mayuko Nagae, Yoshihisa Uenoyama, Saki Okamoto, Hitomi Tsuchida,   Kana Ikegami, Teppei Goto, Sutisa Majarune, Sho Nakamura, Makoto Sanbo, Masumi Hirabayashi, Kenta Kobayashi, Naoko Inoue & Hiroko Tsukamura

DOI: 10.1073/pnas.2009156118

 

著者所属

名古屋大学大学院生命農学研究科動物生殖科学研究室:束村 博子、上野山 賀久、井上 直子、長江 麻佑子、岡本 沙季、土田 仁美、池上 花奈、後藤 哲平、Sutisa Majarune

生理学研究所遺伝子改変動物作製室:平林 真澄、三宝 誠、後藤 哲平

岡山理科大学獣医動物衛生学講座:中村 翔

生理学研究所ウイルスベクター開発室:小林 憲太

 

【研究代表者】

大学院生命農学研究科 上野山 賀久 准教授