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医歯薬学

2021.01.12

再発卵巣明細胞がんにおける X 染色体長腕 27.3 領域マイクロ RNA クラスターの発現意義、およびその薬剤抵抗性への関与

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科産婦人科学の吉田 康将 特任助教、横井 暁 助教、梶山 広明 教授らの研究グループは、卵巣がんの悪性化に関わるマイクロ RNA※1の研究を進めてきました。今回、卵巣明細胞がん※2において、X 染色体長腕 27.3 領域※3に存在する複数のマイクロ RNA が、再発や抗がん剤抵抗性に関与していることを明らかにしました。
マイクロ RNA とは、複数の遺伝子発現を制御する小分子であり、がんの進展に深く関与しています。そのマイクロ RNA の遺伝子は、ゲノム上に均一に存在するのではなく、特定の領域に密集して存在していることが知られており、マイクロ RNA クラスター※4と呼ばれています。ひとつのマイクロ RNA の発現変動だけでも、細胞の性質を変えるのに十分な効果があることが知られていますので、複数のマイクロ RNA が同時に発現変動するマイクロ RNA クラスターは、細胞の性質に非常に強い影響を与えている可能性があります。
本研究では、次世代シーケンサー※5を用いて、明細胞がんの組織に含まれるすべてのマイクロ RNAの発現を解析しました。その結果、初発がんと再発がんとでは、明らかに異なるマイクロ RNA 発現パターンを示しました。特に、再発がんでは、X 染色体長腕 27.3 番領域にあるマイクロ RNA クラスターに属している 4 つのマイクロ RNA(miR-508-3p、miR-509-3p、miR-509-3-5p、miR-514a-3p)が著明に低下していることが明らかになりました。また、進行期の明細胞がんに対して、卵巣病変と大網※6転移病変のマイクロ RNA 発現パターンを比較すると、大網転移病変においてもこれらの 4 つマイクロRNA は、著明に発現低下していることが明らかとなりました。さらに、miR-509-3p と miR-509-3-5pを強制発現させることにより、シスプラチン※7への感受性が増大し、明細胞がんの細胞死が誘導されることを見出しました。そして、それらのマイクロ RNA は、YAP1※8という遺伝子発現を制御することにより、シスプラチンへの耐性に関与することが示唆されました。
本研究は、国際学術誌出版社であるシュプリンガー・ネイチャー社の「Oncogene」に掲載されました(2020 年 1 年 8 月付け)。

 

【ポイント】

・臨床的に、再発がんは以前に効果のあった抗がん剤に抵抗性を示すことが知られています。
・本研究グループは、進行・再発明細胞がんにおいて、重要な遺伝子発現調節因子であるマイクロ RNA の発現が大きく変化していることを明らかにしました。
・これらのマイクロ RNA は、抗がん剤耐性に関わることも確認され、新たな治療標的となる可能性があります。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら


【用語説明】

※1 マイクロ RNA
22 塩基からなる短い RNA 分子であり、ヒトにおいては約 2600 種類ほど知られている。いわゆる“がん抑制遺伝子”の発現を抑制することにより、がんの進展を促進したり、“がん遺伝子”の発現を抑制することにより、発がんを抑制したりする機能が報告されている。
※2 明細胞がん
卵巣がんの一種であり、日本では漿液性がんについて二番目に多い卵巣がんである。漿液性がんと比べると、抗がん剤耐性が強いと考えられている。
※3 X 染色体長腕 27.3 領域
ヒトの細胞は、46 本の染色体(1 番から 22 番の染色体を 2 本ずつに加え、男性は X 染色体と Y 染色体、女性は 2 本の X 染色体)を持っています。各染色体は、長腕と短腕に分けられ、住所のように領域ごとに数字が割り振られています。
※4 マイクロ RNA クラスター
DNA 上の特定の領域に密集して存在するマイクロ RNA の総称。同じマイクロ RNA クラスターに属するマイクロ RNA は、お互いに同じような発現パターンを示し、協調して機能することが知られている。X 染色体長腕 27.3 領域には、22 個のマイクロ RNA が存在している。
※5 次世代シーケンサー
DNA を網羅的に短時間で解析することのできる解析機器。RNA を DNA に変換することにより、RNA の解析も行うことができる。
※6 大網
胃の下部から垂れ下がっている脂肪に富んだ膜状の組織。卵巣がんが転移しやすい部位の一つである。
※7 シスプラチン
様々ながんに対して使用されている抗がん剤。がん細胞の DNA と結合することにより、DNA 合成とそれに引き続くがん細胞の分裂を阻害する。
※8 YAP1
細胞増殖や細胞死の抑制に関わる遺伝子であり、がん遺伝子と考えられている。


【論文情報】

掲雑誌名:Oncogene
論文タイトル:Expression of the chrXq27.3 miRNA cluster in recurrent ovarian clear cell carcinoma and its impact on cisplatin resistance.
著者:Kosuke Yoshida1,2,3, Akira Yokoi1,2, Mai Sugiyama4, Shingo Oda3, Kazuhisa Kitami1, Satoshi Tamauchi1, Yoshiki Ikeda1, Nobuhisa Yoshikawa1, Kimihiro Nishino1, Kaoru Niimi1, Shiro Suzuki1, Fumitaka Kikkawa1, Tsuyoshi Yokoi3, Hiroaki Kajiyama1
所属:1 Department of Obstetrics and Gynecology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
2 Institute for Advanced Research, Nagoya University, Nagoya, Japan
3 Department of Drug Safety Sciences, Division of Clinical Pharmacology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
4 Bell Research Center, Department of Obstetrics and Gynecology Collaborative Research, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan.
DOI:10.1038/s41388-020-01595-3
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/onco_210112en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 吉田 康将 特任助教

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/obgy/