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生物学

2021.01.29

体の成長と組織の成長の速度を調節する仕組みをハエで解明 〜進化のメカニズムに関わる可能性〜

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科の大澤 志津江 教授、赤井 菜々美 研究員らの研究グループと京都大学生命科学研究科の井垣 達吏 教授の研究グループは、体の成長に遅れが生じた際に、翅成虫原基 注1)と呼ばれる組織が、自らの細胞を殺しながらその分余分に細胞をうみだす「細胞の入れ替え(細胞ターンオーバー)」をさかんに行い、これにより、体の成長速度の遅さと足並みを揃えることを発見しました。すなわち、体の成長に合わせて組織もゆっくりと成長するのではなく、ターンオーバーをさかんに行うことで、組織の実質的な成長速度を遅らせるという、まさに生命の神秘に迫る現象が発見されたといえます。

成長中の体が様々な撹乱に対処する過程で、そのプロセスに遅れが生じることがあります。しかしながら、組織を構成している細胞集団が、個体の成長遅延に対してどのように対処し、正常に発生しているのか、その仕組みは分かっていませんでした。研究グループは、幼虫期の成長が遅いショウジョウバエMinute変異体(※進化的に保存された一連のリボソームタンパク質遺伝子の機能欠失変異をヘテロにもつ変異体の総称)をモデルとして用い、ショウジョウバエ幼虫の成長が遅れた際に、翅成虫原基が細胞ターンオーバーをさかんに行なって成長速度を遅らせること、そして、この細胞ターンオーバーを遺伝学的に抑制すると、種々の翅脈のパターンや形態異常が翅(はね)に出現することを見いだしました。すなわち、個体の成長速度と足並みを揃えるために行われる「細胞ターンオーバー」機構は、様々な表現型(翅脈のパターンや形態)が翅に出現することを抑制しており、この機構が破綻すると生物の進化が引き起こされ得ることを示唆しています。また興味深いことに、今回モデルとして用いたMinute変異体と同様のリボソームタンパク質遺伝子のヘテロ変異が様々なヒトの疾患(リボソーム病注2)と総称される)を引き起こすことが知られています。したがって、本研究成果はリボソーム病の発症機序の解明や、将来的には新しい治療戦略を構築することに貢献することが期待されます。

この研究成果は、2021年1月28日付(日本時間1月29日午前4時)米国科学雑誌PLOS Geneticsオンライン版に掲載されます。

この研究は、文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域「細胞競合:細胞社会を支える適者生存システム」(26114002)、「進化制約方向性」(20H04866)、挑戦的研究(19K22423)、三菱財団、東レ科学振興会、稲盛財団、千里ライフサイエンス振興財団、山田科学振興財団の支援のもとで行われたものです。


【ポイント】

・ショウジョウバエ幼虫の成長が遅れると、翅成虫原基が「細胞ターンオーバー」をさかんに行い、これにより、幼虫の成長と“足並みを揃えて”成長していくことを発見。

・翅成虫原基での細胞ターンオーバー機構が破綻すると、様々な翅脈のパターンや形態異常が翅に現れることを遺伝学的実験により解明【生物進化と関連する可能性】。

・リボソーム病を理解する上で重要な知見となり得る可能性。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)翅成虫原基:将来翅のブレード領域を形成する幼虫期の上皮組織。

注2)リボソーム病:リボソーム関連遺伝子の異常を原因とする疾患の総称。先天性の赤血球造血障害を示すダイヤモンド・ブラックファン貧血や、後天性血液疾患である5q欠失症候群、先天性無脾症などが挙げられる。

 

【論文情報】

雑誌名:PLOS Genetics

論文タイトル:Epithelial cell-turnover ensures robust coordination of tissue growth in Drosophila ribosomal protein mutants

著者:

赤井 菜々美(名古屋大学大学院理学研究科)

大澤 志津江(名古屋大学大学院理学研究科)

山銅 ゆかり(京都大学大学院生命科学研究科)

井垣 達吏(京都大学大学院生命科学研究科)

DOI: 10.1371/journal.pgen.1009300                                    

 

【研究代表者】

 大学院理学研究科 大澤 志津江 教授