国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学(総長 松尾 清一)大学院工学研究科 総合エネルギー工学専攻 山本 章夫 教授は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (理事長 児玉 敏雄、以下、「原子力機構」) 福島研究開発部門 福島研究開発拠点 廃炉環境国際共同研究センター 環境モニタリングディビジョン(南相馬市) の佐々木 美雪 研究員、眞田 幸尚 グループリーダーおよびEstiner W. Katengeza (学生実習生) と共同で機械学習1) をベースとした新しい放射線測定データの解析手法の開発を行いました。
離れた位置からの放射線測定により放射線マップを作成する場合、地形により変化する対象物からの距離や、建物などによる放射線の減衰を考慮する必要があるため、測定環境に応じたパラメータを用いて、対象とする場所の線量率や放射能を計算していました。1F事故後、環境中での放射線分布調査のニーズが高まり、車両、有人ヘリコプター、ドローンなどのUAVに放射線検出器を搭載し、位置情報と対になる多くの放射線測定データが環境中で取得されています。このような放射線測定データは、位置的・時間的にも連続的なデータとして記録されています。したがって、従来の1つの放射線測定値から1つの換算値を求める方法ではなく、相互の関係性を考慮することによって、より簡便かつ精度の良い情報として提供できると考えられます。
原子力機構では、1F事故以降に取得したUAVによる放射線測定データやGPSによる位置情報のデータで構成されるビッグデータを機械学習 (ディープラーニング2)) に適用することを試みました。機械学習は飛躍的な技術革新が進められており、近年では汎用性の高い市販のソフトウエアとして購入することが可能です。今回、機械学習のアルゴリズム部分には、誰でも使用できるように、あえて既存のソフトウエアを使用しました。機械学習の入力データにはUAVで取得したエネルギーごとの放射線の計数率と同時にGPSで測定した位置情報を用いて検証しました。その結果、機械学習による新しい解析手法は、従来の手法と比べて精度 (地上で放射線測定した数値と比較した誤差: RMSE 3) を指標) が30%以上向上することを確認しました。また、従来の手法では放射線測定データ3600個 (1時間分) で1時間程度解析に係る時間が必要であったところ、本手法であれば、あらかじめデータを学習させることにより、数分で完了できます。
今後は、写真による構造物の識別情報や地形情報、放射線の遮蔽に影響がある気象条件の違いなどを付加することで、さらなる換算精度の向上を進めていきます。また、本手法は、上空からの測定だけでなく地上での放射線測定や建屋内での放射線測定にも応用でき、放射線測定が関わるさまざまな分野への応用も期待できます。本研究成果は、国際学術雑誌「Scientific reports」のオンライン版に1月20日(日本時間19時)に掲載されました。
● これまで放射線測定データを解析し、線源分布などを推定するには、多くの情報を考慮した解析作業と、それに伴う多くの計算時間が必要でした。
● 一方、東京電力福島第一原子力発電所(以下、「1F」)事故以来実施してきた、環境中の放射線分布(放射線マップ)の作成を通して、放射線測定の結果が、膨大なデータ(以下、「ビッグデータ」)として蓄積されています。
● 原子力機構は名古屋大学と共同で、AI(人工知能)の一部である機械学習を活用し、無人航空機(以下、「UAV」:unmanned aerial vehicle)で取得したビッグデータから、迅速かつ精度よく放射線マップを作成する、新たな放射線測定データの解析手法の開発に成功しました。
● 本手法を用いることにより、従来の手法に比べて30%以上精度良く地上の放射線測定値を再現した放射線マップを作成することができました。また、これまで1時間以上かかっていた解析作業を、数分で終えることができました。
● これにより、1F周辺の避難指示区域における詳細な放射線マップを迅速かつ精度よく作成することができ、除染や避難指示区域解除などの科学的根拠として役立つことが期待されます。
● 今後は、学習データに写真による構造物の識別情報や気象条件の違いなどを付加することで、さらに精度を向上していきます。
● 本手法は、UAVだけでなく様々な環境中の放射線測定に応用可能です。また、医療用の放射線測定や検出器の校正などへの応用も期待されます。
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら
1) 機械学習:機械学習は、データの数学的モデルを使用して、直接的な指示なしでコンピューターが学習できるようにするプロセス。機械学習は人工知能の一部であると見なされる。機械学習では、アルゴリズムを使用してデータ内のパターンを識別し、そのパターンを使用して、予測を行うことができるデータモデルを作成する。
2) ディープラーニング:機械学習の一種であり、人間がデータを編成して定義済みの数式にかけるのではなく、人間はデータに関する基本的なパラメータ設定のみを行い、その後は何層もの処理を用いたパターン認識を通じてコンピューター自体に課題の解決方法を学習させる。
3) RMSE (Root mean square error):平均平方二乗誤差。 で定義される。本論文では、地上値と上空のデータを基に換算した数値を場所ごとに計算し、その平均誤差を算出。
雑誌名: Scientific Reports
論文題名: “New method for visualizing the dose rate distribution around the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant using artificial neural networks”(人工ニューラルネットワークを用いた福島第1原子力発電所周辺の放射線分布の可視化のための新手法)
著者名: Miyuki Sasaki1、Yukihisa Sanada1、Estiner W. Katengeza2、Akio Yamamoto3
所属: 1日本原子力研究開発機構廃炉環境国際共同研究センター、2東京大学、3名古屋大学大学院工学研究科
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-021-81546-4