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医歯薬学

2021.01.05

ミクログリアの機能低下が認知症の病態進行の鍵となる

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学環境医学研究所/医学系研究科の祖父江 顕 特任助教、山中 宏二 教授らの研究グループは、荻 朋男 教授(同環境医学研究所)、名古屋市立大学、放射線医学総合研究所、理化学研究所、高齢者ブレインバンクとの共同研究により、ミクログリア*1の機能低下が神経変性の進行と相関し、認知症病態に重要であることを解明しました。アルツハイマー病(AD)は認知症の主要な原因となる神経変性疾患であり、脳の病巣におけるアミロイド β(Aβ)*2・タウ蛋白質*3の異常蓄積が神経変性につながる病理変化として知られています。AD 脳の老人斑*2に集まるミクログリアは、Aβ の除去や神経炎症*4に寄与し、AD の病態進行に関与することが示唆されています。近年、ミクログリアは加齢や神経変性疾患において共通した活性化状態(Disease-associated microglia: DAM)を認め、認知症の病態における役割について注目されていますが、神経変性の程度とミクログリアの反応性が相関するかはわかっていません。そこで、私たちは認知症モデルにおける神経変性の相違によるミクログリアの反応性を比較検討するため、APP knock-in(App-KI;アミロイド病理を呈する)*5、rTg4510(タウ病理および神経細胞死を呈する)マウスの大脳皮質から単離したミクログリアにおける遺伝子発現を次世代シークエンス*6により解析しました。一方、早期 AD と病理学的に診断された死後脳の楔前部*7においてもグリア細胞の遺伝子発現やモデルマウスとの比較解析を行いました。
その結果、神経細胞死を伴う rTg4510 マウス由来のミクログリアは神経細胞死を伴わないApp-KI マウスと比べてミクログリアの生理機能に関わる遺伝子群の発現が有意に低下し、神経変性の程度と相関することを見出しました。さらに、早期 AD 病理を呈する死後脳においてもミ
クログリアなどグリア細胞における遺伝子発現が低下しており、認知症の早期からミクログリアの機能低下が示唆されました。
これらの研究成果は 認知症発症前の脳内変化の解明やミクログリアを標的とした認知症の新規治療法開発に向けた研究にも繋がることが期待されます。

本研究成果は、国際医学誌「Acta neuropathologica communications」(2021 年 1 月 5 日付(日本時間))に掲載されました。


【ポイント】

・AD モデルマウスのミクログリアは、神経変性の進行(アミロイド病理からタウ病理への進展)に沿って、その生理機能の低下を来し、病態の進行に寄与する可能性が考えられる。
・ヒト AD の早期においても、ミクログリアをはじめとするグリア細胞の生理機能低下が示唆され、神経炎症が病態に関与する。
・本知見を起点とした、認知症の早期病態の解明やミクログリアを標的とした新規治療法の開発に期待。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら


【用語説明】

*1 ミクログリア
中枢神経系に存在するグリア細胞の一種であり、脳内において免疫系の役割を担う。
*2 アミロイド β タンパク質、老人斑
アミロイドβは、アルツハイマー病やダウン症候群にみられる病理学的変化である老人斑を構成する主成分である。アミロイド β 自身も神経細胞に有害であることが報告されている。
*3 タウ蛋白
神経系細胞の骨格を形成する微小管に結合するタンパク質。細胞内の骨格形成と物質輸送に関与している。アルツハイマー病をはじめとする様々な精神神経疾患において、タウが異常にリン酸化して細胞内に蓄積することが知られている。
*4 神経炎症
神経感染症、神経免疫疾患、神経変性疾患などにおいて、ミクログリアの異常活性化や応答異常によって神経傷害性因子の過剰な放出や、神経保護機能の喪失といった神経周囲の環境が毒性転換する現象。一方、神経保護的な神経炎症も存在する。
*5 次世代 AD モデル動物(APP knock-in マウス)
Aβ 配列のヒト化と共に、Swedish 変異(Aβ 産生量の増加)、Iberian 変異(Aβx-42 の産生比率の増加)、Arctic 変異(家族性アルツハイマー病 の遺伝子変異の 1 つ)を導入した遺伝子組換えマウス。
*6 次世代シークエンス
DNA あるいは RNA の塩基配列を調査する解析手法で、大量の塩基配列を調べることができるなど高度かつ高速な処理が可能である。
*7 楔前部
大脳頭頂葉の後部内側に位置する領域で、脳のアイドリング状態の活動に寄与し、アルツハイマー病のかなり早期からアミロイドβが蓄積することが知られる。

 

【論文情報】

雑誌名:Acta neuropathologica communications(日本時間 1 月 5 日午前 9:00)
論文タイトル:Microglial gene signature reveals loss of homeostatic microglia associated with neurodegeneration of Alzheimer's disease
著者・所属:
祖父江顕・名古屋大学環境医学研究所・病態神経科学分野
小峯起・名古屋大学環境医学研究所・病態神経科学分野
原雄一郎・東京都医学総合研究所・ゲノム医学研究センター
遠藤史人・名古屋大学環境医学研究所・病態神経科学分野
溝口博之・名古屋大学大学院医学系研究科・医療薬学
渡邊征爾・名古屋大学環境医学研究所・病態神経科学分野
村山繁雄・東京都健康長寿医療センター・高齢者ブレインバンク
斉藤貴志・名古屋市立大学脳神経科学研究所・認知症科学分野
西道隆臣・理化学研究所脳神経科学研究センター・神経老化制御研究チーム
佐原成彦・放射線医学総合研究所・脳機能イメージング研究部
樋口真人・放射線医学総合研究所・脳機能イメージング研究部
荻朋男・名古屋大学環境医学研究所・発生遺伝分野
山中宏二・名古屋大学環境医学研究所・病態神経科学分野
DOI:10.1186/s40478-020-01099-x
本研究は日本医療研究開発機構(AMED)の脳科学研究プログラム「融合脳」(課題管理番号20dm0107135)」、科学研究費、堀科学芸術振興財団等の助成を受けて行われました。
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Act_neu_210105en.pdf

 

【研究代表者】

環境医学研究所 山中 宏二 教授

http://www.riem.nagoya-u.ac.jp/4/mnd/