TOP   >   生物学   >   記事詳細

生物学

2021.02.17

生き物の進化におけるSINE配列の機能を解明 〜ジャンクDNAではない、SINEの新たな一面〜

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の一柳 朋子 研究員、一柳 健司 教授らの研究グループは、マウス亜種間の比較研究を行い、ゲノム配列の中に何十万コピーとあるSINE配列がゲノムの中を飛び回りながら、周辺の遺伝子のエピジェネティック制御プログラムを書き換え、遺伝子発現に影響を与えていることを発見しました。

生物の進化は遺伝的な変化、表現型変化、そして自然選択を通して起こります。表現型の変化は新しい遺伝子が出来たり、既存の遺伝子が壊れたりする以外に、遺伝子の発現量や発現パターンが変化することでも起こります。後者の場合、どのような遺伝的な変化が重要なのかはあまり分かっていません。一方、ほぼ全ての生物のゲノムには「転移因子」と呼ばれる配列が多数存在します。これらは、ゲノムの中を飛び回りながら自身のコピーを増やすジャンクDNAだと考えられていました。

今回の私たちの研究は、転移因子の一つであるSINEが転移することで、ゲノムの変化だけでなく、エピジェネティックな違いが作られて遺伝子発現が変化することを明らかにしました。私たちのゲノムの約半分は転移因子の転移によってできたものです。本研究の結果は、継続的な転移因子の活動によってゲノムが拡大し、その過程で表現型の変化が促されたことを示唆しています。また、本研究では数十万に及ぶ似た配列を個別化して解析することに成功しました。このことは、ポストゲノム時代に残されたダークマターである転移因子の理解を深め、ゲノムの機能や成り立ちの完全解読に寄与すると期待されます。

本研究成果は、2021年2月16日付(日本時間2月17日午前6時)国際分子生物進化学会誌『Molecular Biology and Evolution』オンライン版に掲載されました。
 

【ポイント】

・異なる亜種由来のマウス系統(C67BL6/J [Mus musculus domesticus由来] とMSM/Ms [Mus musculus molossinus由来])のゲノム配列比較から、約2000箇所のSINE挿入多型(片方の系統のみに挿入されているSINEコピー)を同定した。

・大規模エピゲノム解析により、エピジェネティックな状態(クロマチンの化学修飾状態)が変化する遷移点、つまりバウンダリーにSINEが多くあることが分かった。

・挿入多型になっているSINEコピーは新たにエピジェネティック修飾のバウンダリーとなり、周辺のエピジェネティック状態を変化させ、遺伝子発現量も変化させていた。

・転移によってできたSINEコピーも含め、SINEにはクロマチン高次構造の制御因子であるCTCFが結合していた。マウスES細胞での全CTCF結合部位のうち、6個に1個はSINEによって作られた結合部位だった。

・これらのことから、SINEは「動くクロマチンバウンダリー」であり、SINE転移によって新たなバウンダリーがつくられ、この進化プロセスは今もゆっくりと進んでいると考えられる。

・SINEの転写(SINE RNAの合成)は成体組織ではほとんどなく、一方、生殖細胞で盛んであることが分かった。生殖細胞で転移した場合、次世代に受け継がれることになる。

・世界で初めてSINE転写産物の網羅的解析に成功し、1万を超えるゲノム領域からSINE RNAが合成されていることが分かった。これらの1万カ所の中でも発現量の差は1万倍以上あり、発現量と発現ローカス数は冪乗則(べきじょうそく)に従うことを発見した。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

転移因子:自身の配列をコピーして、ゲノムの別の場所に挿入するDNA配列の総称。ヒトゲノムの中に数百万コピーあり、ゲノムの約40%を占める。

SINE:短い転移因子の一つで、タンパク質はコードしておらず、転移反応においては別の転移因子(LINEと呼ばれる)の逆転写酵素が使われる。網、目、属レベルに固有のファミリーが存在し、霊長目特異的なものとしてはAlu、齧歯目特異的なものではB1、B2などがある。また、哺乳網特異的なものではMIRがある。

挿入多型:大部分の転移因子の挿入箇所は種内の個体集団に共通しているが、ごく最近に転移したものは全ての個体にあるわけではなく、一部の個体のみに見られる。このような状態のことを挿入多型という。

クロマチン:真核生物の核内でDNAとタンパク質が複合体を形成しており、その複合体のことをいう。タンパク質として最も多いのはヒストンであり、そのほかに転写因子、CTCFのような構造制御因子、ヒストン修飾酵素、DNAメチル化酵素などもクロマチン構成要素である。

エピジェネティクス:クロマチンの化学修飾や構造変換により、遺伝子の発現状態を制御するメカニズムのこと。例えば、転写活性化にはヒストンのアセチル化を必要とする。一つの受精卵から同じゲノム配列を持つ細胞を大量に作りながら体を形成していく発生過程では、エピジェネティックな遺伝子発現制御機構は特に重要である。さらに、がん抑制遺伝子の発現抑制のように、成体であってもエピジェネティックな変化が疾患などに関与することが知られている。

転写プロモーター配列:転写を開始するために必要なDNA塩基配列。RNAポリメラーゼがDNAに結合することを促進する。

冪乗則(べきじょうそく):一つの変数の対数とその頻度の対数が直線的な関係になる分布があらわれること。この分布は冪分布ともいい、遺伝子発現量の分布のほか、戦争の大きさ、地震の大きさ、本の売り上げ、所得などでも見られると言われる。スケール不変性(フラクタル性)があり、どの尺度に拡大、縮小しても同じようになるため、正規分布の平均値のような「集団を代表する値」というのが存在しない。

 

【論文情報】

雑誌名:Molecular Biology and Evolution

論文タイトル:B2 SINE copies serve as a transposable boundary of DNA methylation and histone modifications in the mouse

著者:一柳朋子1、加藤大和1、毛利嘉伸1、平福啓一伍2、Beverly Ann Boyboy1

川瀬雅貴1、一柳健司1

所属:1名古屋大学大学院生命農学研究科、2東京慈恵会医科大学附属病院

DOI:10.1093/molbev/msab033   

                             

【研究代表者】

大学院生命農学研究科 一柳 健司 教授 

http://nuagr2.agr.nagoya-u.ac.jp/~ged/index.html