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工学

2021.04.09

磁場により体積が大きく膨張する新機構の発見 ~アクチュエータ材料開発の新舞台として期待~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の岡本 佳比古 准教授、兼松 智也 大学院博士前期課程学生(当時)、竹中 康司 教授の研究グループは、磁場を加えることで、これまでにない新しい機構により体積が大きく膨張する物質を発見しました。このことは、高性能な磁歪材料開発にとっての新しい舞台となると期待されます。

磁場中で物質の形状や大きさが変化する現象は磁歪(磁場誘起歪)1)と呼ばれ、大きな磁歪を示す材料は、磁場により変位や駆動力を得る磁歪アクチュエータ2)、磁歪振動子を用いた超音波発生、非接触の力センサなどに実用されています。これまで、Terfenol-Dなど、様々な磁歪材料が開発されてきましたが、いずれも磁力をもち、「磁石」として知られる強磁性体3)であり、それ以外で大きな磁歪を示す例はほとんど知られていませんでした。

岡本准教授らは、反強磁性体4)と呼ばれる、磁石にはならない磁性体である銀とクロムの硫化物が、9 Tの磁場を加えることで最大で730 ppmの大きな体積の膨張を示すことを発見しました。この磁場中の体積変化は、磁力をもたない反強磁性体で現れること、磁気秩序温度においてのみ現れること、形状記憶合金5)のような熱弾性的な性質をもつことといった特徴を併せもち、相変化現象を利用した新しい発現機構に基づく磁場誘起歪現象であることが明らかになりました。磁歪材料の候補物質の幅を大きく広げると同時に、磁力をもたない反強磁性体の特徴を生かした新たな応用の開拓も期待されます。現在アクチュエータ材料の分野では、鉛を含むことで有害性が問題となっているチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)の代替材料開発が喫緊の課題となっていますが、この成果はその解決にもつながるものです。

この研究成果は、令和3年4月8日付け(日本時間4月9日0時)に米国科学誌「Applied Physics Letters」電子版に掲載されました。

この研究は、文部科学省・科学研究費助成事業 新学術領域研究「量子液晶の物性科学」、基盤研究(A)、及び基盤研究(B)の支援を受けて実施されました。

 

【ポイント】

・大きな磁歪は強磁性体で現れるという常識を覆す、反強磁性体における大きな磁場誘起歪の発見:磁歪材料・アクチュエータ材料開発の新舞台を提示。

・主に物体の形状が変化する従来の磁歪材料と異なり、磁場中で形状を保ったまま体積が変化。

・相変化現象や磁気相互作用の競り合い6)を利用した新しい磁場誘起歪の発現機構。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

1) 磁歪(磁場誘起歪)

磁性体に磁場を加えたときに、外形がわずかに伸縮する現象。歴史的に磁歪とは、強磁性体における磁区が磁場により整列することによる歪のことを指したが、近年ではより一般的に、磁場により誘起される歪や体積変化現象の全てを指すこともある。 

2) アクチュエータ

入力したエネルギーを物理的な運動(変位や駆動力)に変換するデバイス。磁気エネルギーを利用した磁歪アクチュエータはその一種。現在、圧電効果(ピエゾ効果)を用いた圧電アクチュエータが精密位置制御などに広く使用されるが、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)と呼ばれる有害な鉛を含む物質が材料として使われていることが問題となっている。 

3) 強磁性体

磁場のない状況においても、磁気モーメント(電子スピン)が一方向に揃う磁性体。自発磁化をもち、永久磁石となりうる。鉄やニッケルが代表例。

4) 反強磁性体

強磁性体と同様に、磁気モーメント(電子スピン)が磁場のない状況においても固定されているが、隣同士の原子の磁気モーメント(電子スピン)が互いに逆向きになるなどの方法により、全体として磁気モーメントをもたない磁性体。自発磁化をもたず、磁石にはならない。酸化物や硫化物に多く見られる。 

5) 形状記憶合金

外部から大きな力を加えることで、変形前の形状に戻らない塑性変形をさせた後に、ある一定以上の温度以上に加熱することで元の形状に回復する合金。

6) 磁気相互作用の競り合い(競合)

ある磁気モーメント(電子スピン)に対して、複数の磁気相互作用が働くことにより、最もエネルギー的に安定な磁気モーメントの配列が一意に定まりにくくなった状態。図3の上に示した、正三角形の頂点に互いに逆向き(反強磁性的)に磁気モーメントを並べようとしたときに生じる幾何学的フラストレーションや、図3の下に示した、二つの磁気モーメント間に同程度の強さをもつ反強磁性相互作用と強磁性相互作用の両方が働くことによる競合が代表例である。

 

【論文情報】

雑誌名:Applied Physics Letters

論文タイトル:Large magnetic-field-induced strain at the magnetic order transition in triangular antiferromagnet AgCrS2

著者:Tomoya Kanematsu, Yoshihiko Okamoto, and Koshi Takenaka

      Department of Applied Physics, Nagoya University

DOI: 10.1063/5.0046522

URL: https://aip.scitation.org/doi/10.1063/5.0046522

 

【研究代表者】

大学院工学研究科 岡本 佳比古 准教授

http://mag.nuap.nagoya-u.ac.jp/index.html