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医歯薬学

2021.05.24

悪性リンパ腫の抗がん剤耐性化の新しい機序を解明 〜新たな治療方法の確立に期待〜

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科学の久納 俊祐 大学院生(当時)、高井 美佳 大学院生、清井 仁 教授、本学医学部附属病院血液内科の島田 和之 講師らの研究グループは、国立病院機構名古屋医療センター高度診断研究部の真田 昌 部長、愛知県がんセンター研究所腫瘍制御学分野の小根山 千歳 分野長(本学医学系研究科標的探索・治療学 連携教授)らの研究グループとの共同研究により、悪性リンパ腫細胞の周囲に存在する線維芽細胞から分泌される直径 30〜150 ナノメートルのエクソソーム※1 と呼ばれる細胞外小胞※2 が、悪性リンパ腫細胞の抗がん剤耐性化に関与するメカニズムを明らかにしました。
悪性リンパ腫は血液がんの一種であり、多様な病型を持つことが知られています。悪性リンパ腫の一般的な特徴として、リンパ節の腫れがありますが、そのリンパ節の腫れは、リンパ節において悪性リンパ腫細胞が増殖することによりもたらされます。最近の研究から、リンパ節病変においては、悪性リンパ腫細胞のみならず、悪性リンパ腫細胞の周囲にある様々な種類の細胞が、悪性リンパ腫細胞の生存や増殖を支持するなど、重要な役割を担っていることが明らかとなってきました。

本研究では、リンパ節病変における悪性リンパ腫細胞の周囲にある様々な細胞の中で、特に線維芽細胞(がん関連線維芽細胞※3)に着目しました。がん関連線維芽細胞は、悪性リンパ腫細胞の生存や増殖を支持し、その作用には、がん関連線維芽細胞から分泌される直径 30〜150 ナノメートルのエクソソームと呼ばれる細胞外小胞が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。さらにエクソソームが、代謝拮抗薬※4 と呼ばれる抗がん薬を悪性リンパ腫細胞内に取り込ませる働きを持つ膜輸送体タンパク質※5の発現を抑えることにより、抗がん薬を細胞内に取り込ませないようにして、抗がん薬を効きにくくしていることを突き止めました。エクソソームを代表とする細胞外小胞は、細胞と細胞の間のやり取りを担うメッセンジャーの働きをしています。本研究から、悪性リンパ腫細胞の周囲にあるがん関連線維芽細胞が、エクソソームを通じて悪性リンパ腫細胞の抗がん剤耐性化に関与し、悪性リンパ腫細胞を助けていることが明らかになりました。今後、エクソソームの分泌を抑えることをはじめとするエクソソームを標的とした治療法の開発により、これまでとは機序の異なる新たな治療方法の開発に繋がることが期待されます。
本研究の成果は、イギリスの学術ジャーナル「Oncogene」のオンライン版で、2021 年 5 月 16 日に公開されました。


【ポイント】

○悪性リンパ腫は、血液がんの中で最も高頻度に生じる病気で、日本では、年間 35,000 人ぐらいの患者さんが病気を発症すると言われています。近年の治療成績の向上により、10 人のうちのおよそ 6 人の患者さんは、病気を克服できるようになっていますが、残りのおよそ 4 人の患者さんは、現在の治療法では、病気を克服することが出来ず、新たな有効な治療法の開発を必要としています。
○本研究では、悪性リンパ腫のリンパ節病変における悪性リンパ腫細胞の周囲に存在するがん関連線維芽細胞の働きに着目して、がん関連線維芽細胞が悪性リンパ腫細胞の生存や増殖を支持し、特にがん関連線維芽細胞より分泌される直径 30〜150 ナノメートルのエクソソームと呼ばれる細胞外小胞が、悪性リンパ腫細胞を支持する作用に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
○さらに、線維芽細胞から分泌されるエクソソームに含まれるマイクロ RNA※6が、悪性リンパ腫細胞の表面にある抗がん剤の取り込む働きをする膜輸送体タンパク質の発現を抑え、抗がん剤の細胞内の取り込みを抑えることにより、抗がん剤の効果を効きにくくしていることを突き止めました。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら


【用語説明】

※1 エクソソーム
細胞から分泌される直径 30〜150 ナノメートル(ナノメートル:10 億分の 1 メートル)の顆粒状の物質。その表面や内部に細胞から由来する様々な成分を含む。
※2 細胞外小胞
細胞が分泌するナノ〜マイクロメートルサイズの粒子の総称。大きさによって、名前や働き、内容物が異なる。細胞と細胞の間のコミュニケーションの役割を担っており、様々な生物学的な働きに関与している。
※3 がん関連線維芽細胞
線維芽細胞は、様々な組織の足場となるコラーゲン線維などを作る。がん組織で増えている線維芽細胞を特にがん関連線維芽細胞と呼ぶ。
※4 代謝拮抗薬
生物の代謝の過程において必要とされる代謝物質を阻害・拮抗する物質。正常の代謝物質と構造が似ており、正常の代謝物質の替わりに代謝過程に組み込まれるが、正常の機能を果たさず、代謝を阻害する。抗がん薬としては、プリン代謝拮抗薬、ピリミジン代謝拮抗薬、葉酸代謝拮抗薬などがある。
※5 膜輸送体タンパク質
細胞膜などの膜を通して物質の輸送に関わるタンパク質の総称。
※6 マイクロ RNA
21 から 25 塩基長の 1 本鎖 RNA(リボ核酸)。遺伝子の発現を調節する重要な役割を担っている。


【論文情報】

掲雑誌名:Oncogene
論文タイトル:Exosomes secreted from cancer-associated fibroblasts elicit anti-pyrimidine drug resistance through modulation of its transporter in malignant lymphoma
著者: Shunsuke Kunou1, Kazuyuki Shimada1, Mika Takai1,2, Akihiko Sakamoto1, Tomohiro Aoki1, Tomoya Hikita3,4, Yusuke Kagaya1, Eisuke Iwamoto5, Masashi Sanada5, Satoko Shimada6, Fumihiko Hayakawa1, Chitose Oneyama3,4, Hitoshi Kiyoi1
所属:1) Department of Hematology and Oncology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, Japan
2) Fujii Memorial Research Institute, Otsuka Pharmaceutical Co., Ltd, Otsu, Shiga, Japan
3) Division of Cancer Cell Regulation, Aichi Cancer Center Research Institute, Nagoya, Aichi, Japan
4) Department of Target and Drug Discovery, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, Japan
5) Department of Advanced Diagnosis, Clinical Research Centre, National Hospital Organization Nagoya Medical Center, Nagoya, Aichi, Japan
6) Department of Pathology and Clinical Laboratories, Nagoya University Hospital, Nagoya, Aichi, Japan
DOI:10.1038/s41388-021-01829-y
English ver. https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/onc_210516en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 清井 仁  教授

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/hematology/