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国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学医学部附属病院糖尿病・内分泌内科の小林 朋子 病院助教、岩間 信太郎 講師、同大医学系研究科糖尿病・内分泌内科学の有馬 寛 教授らの研究グループは、がん免疫治療薬の免疫チェックポイント阻害薬※1による下垂体※2副作用の発生を予測する指標を明らかにしました。免疫チェックポイント阻害薬は、がんに対する免疫力を高めることで抗がん作用を発揮する新しい薬で、種々の進行悪性腫瘍において効果が示されています。日本では悪性黒色腫※3、肺癌、腎癌、頭頸部癌、ホジキンリンパ腫、胃癌、尿路上皮癌、乳癌等で近年保険が適用され、使用が拡大していますが、一方で薬剤による免疫反応の活性化が自己の臓器で発生することにより生じる副作用が問題となっています。このうち下垂体の副作用(下垂体機能低下症)は重篤で死亡例も報告されています。我々は先行研究において、下垂体副作用は ACTH 単独欠損症(IAD)※4と下垂体炎※5の二つの臨床的特徴を呈することを報告しました。
本研究では、免疫チェックポイント阻害薬による下垂体副作用の発生を予測する指標を明らかにするため、名古屋大学医学部附属病院で 2015 年 11 月以降に免疫チェックポイント阻害薬を使用した患者のうち下垂体副作用を発症した 22 例と発症しなかった 40 例を対象として、抗下垂体抗体※6とヒト白血球抗原(HLA)を解析しました。その結果、治療前の抗下垂体抗体保有率は IADで有意に高い(64.7%)こと、下垂体炎では治療前の抗下垂体抗体は陰性で、薬剤投与後に陽転化する(80.0%)ことが明らかとなりました。また、HLA 解析の結果、IAD では HLA-Cw12、

-DR15、-DQ7、-DPw9 型が、下垂体炎では HLA-Cw12、-DR15 型が発症しなかった症例に比して高頻度で認められました。
この結果から、抗下垂体抗体及び HLA は、下垂体副作用の高リスク者を判別する指標となる可能性が示唆されました。本結果は、現在急速に拡大している免疫チェックポイント阻害薬の副作用マネジメントにおいて極めて重要と考えられます。本研究成果は、英国 BMJ より発行されている科学誌『Journal for ImmunoTherapy of Cancer』に掲載されました。(2021 年 5月19日付の電子版)


【ポイント】

○ 近年、がん免疫治療薬として免疫チェックポイント阻害薬が悪性腫瘍の治療に広く使用されているが、種々の副作用があり治療を行う際の問題となっている。
○ この内、下垂体の副作用(下垂体機能低下症)は重篤で死亡例も報告されているが、その発症を予測することはできなかった。我々は今回この指標として血中抗下垂体抗体と HLA を検討した。
○ 名古屋大学医学部附属病院では免疫チェックポイント阻害薬が投与されるすべての患者を登録し、調査研究を行っている。先行研究において、下垂体の副作用は ACTH 単独欠損症(IAD)と下垂体炎の二つの臨床的特徴を呈することを報告した。
○ 治療開始前の抗下垂体抗体保有率は IAD 発症者で有意に高い(64.7%)こと、下垂体炎発症者では治療前の抗下垂体抗体は陰性だが、薬剤投与後に陽転化する(80.0%)ことが明らかとなった。
○ IAD では HLA-Cw12、-DR15、-DQ7、-DPw9 が、下垂体炎では HLA-Cw12、-DR15 が高頻度で認められた。
○ 免疫チェックポイント阻害薬で治療される患者の血液を用いて抗下垂体抗体及び HLA を評価することで、重篤な副作用である下垂体機能低下症の発症を事前に予測できる可能性がある。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら


【用語説明】

※1 免疫チェックポイント阻害薬・・・免疫反応の活性化を介してがんに対する効果を示す、新しいがん免疫治療薬の一つ。
※2 下垂体・・・頭蓋骨の中で脳の下にぶら下がるように存在し、ホルモンを産生する小さな内分泌器官で、体内の様々なホルモンの分泌を調節している。前葉と後葉の2つの部分からなり、前葉は副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を含む6種類のホルモン、後葉は2種類のホルモンを分泌する。
下垂体ホルモン分泌が障害されると、結果的に副腎皮質ホルモン、甲状腺ホルモン、性ホルモンなどの分泌にも異常が生じ、ホルモンの種類により多彩な症状が現れる。
※3 悪性黒色腫・・・皮膚がんの 1 つ。メラノーマとも呼ばれる。皮膚の色に関連するメラニン色素を産生する皮膚の細胞が悪性化したもの。
※4 ACTH 単独欠損症(IAD)・・・下垂体前葉から分泌されるホルモンのうち、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌のみが低下するもの。ACTH は生存に不可欠なコルチゾールというホルモンの分泌を刺激する。画像上、ほとんどの場合下垂体に異常は認められない。
※5 下垂体炎・・・下垂体の炎症性疾患。下垂体前葉から分泌されるホルモンが複数低下し、下垂体の腫大が認められる。
※6 抗下垂体抗体・・・下垂体細胞に対する自己抗体で、下垂体における自己免疫応答のマーカーとなる。下垂体炎などの自己免疫性下垂体疾患では高率に認められることが報告されている。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Journal for ImmunoTherapy of Cancer
論文タイトル:Anti-pituitary antibodies and susceptible human leukocyte antigen alleles as predictive biomarkers for pituitary dysfunction induced by immune checkpoint inhibitors
著者:Tomoko Kobayashi1, Shintaro Iwama*1, Daisuke Sugiyama2, Yoshinori Yasuda1, Takayuki Okuji1, Masaaki Ito1, Sachiko Ito2, Mariko Sugiyama1, Takeshi Onoue1, Hiroshi Takagi1, Daisuke Hagiwara1, Yoshihiro Ito1, Hidetaka Suga1, Ryoichi Banno1,3, Hiroyoshi Nishikawa2,4, Hiroshi Arima*1

*corresponding author
所属:1Department of Endocrinology and Diabetes, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
2 Department of Immunology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan
3 Research Center of Health, Physical Fitness and Sports, Nagoya University, Nagoya 464-8601, Japan
4 Division of Cancer Immunology, Research Institute/Exploratory Oncology Research & Clinical Trial Center (EPOC), National Cancer Center, Tokyo 104-0045, Japan
DOI:http://dx.doi.org/10.1136/jitc-2021-002493
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Jou_Imm_Can_210520en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科   有馬 寛 教授

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/endodm/