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環境学

2021.05.06

SO2排出削減にもかかわらず硫酸エアロゾル減少が鈍化する要因を特定 -硫酸の三酸素同位体組成に基づいたフィードバック機構の解明-

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学環境学研究科の藤田 耕史 教授は、東京工業大学物質理工学院応用化学系の服部 祥平 助教らを中心とする東京工業大学、北海道大学、国立極地研究所、気象研究所などの研究グループと共に、北極グリーンランドアイスコア(用語1)の分析から硫酸エアロゾルの生成過程を復元し、1980年以降の二酸化硫黄(SO2)排出削減にもかかわらず、硫酸エアロゾルの減少が鈍化している要因を解明した。

大気中でSO2から生成される硫酸エアロゾルは、気候変動や健康影響との関連から重要な物質とされている。SO2排出量は排出規制の導入により、1980年以降の30年間で約7割削減されたものの、硫酸エアロゾルの減少は5割程度にとどまっている。この減少鈍化のメカニズムが特定されていないことが、効果的な削減策の策定や正確な気候変動予測の足かせとなってきた。

本研究では、北極グリーンランドアイスコア試料を使った硫酸の三酸素同位体組成 (Δ17O値)(17Oの異常濃縮、用語2)の分析により過去60年間の大気中の硫酸エアロゾルの生成過程を復元した。その結果、この期間に大気中の酸性度が減少したため、排出されたSO2から硫酸への酸化反応が促進される「フィードバック機構」が作用していたことがわかった。酸性度の減少は、SO2削減による酸性物質の減少に加え、施肥などによるアンモニアなどのアルカリ性物質の排出増加によると考えられる。規制対象ではなかったアルカリ性物質の排出が、硫酸エアロゾルの減少鈍化の原因であったという本研究の結果は、今後の効果的な大気汚染の緩和策の策定や、正しい将来の気候変動予測に役立つことが期待される。

本研究成果は、5月5日(米国東部時間)にアメリカ科学振興会(AAAS)のオンライン誌 「サイエンスアドバンシズ(Science Advances)」に掲載された。
 

【ポイント】

・ 1980年以降の二酸化硫黄排出規制にもかかわらず、硫酸エアロゾルの減少が鈍化しているメカニズムを解明。

・ アンモニアなどのアルカリ性物質の増加による大気の酸性度低下が原因で、大気化学過程が変化し、結果的に硫酸生成効率が上昇。

・大気汚染の効果的な防止策や気候変動の正確な予測には、大気化学反応のフィードバック機構を考慮したモデルが必要。

 

 ◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

(1)  アイスコア:氷床コアとも呼ばれ、氷河や氷床から取り出された氷の試料のことを指す。一般に地下に向かうにつれて古くなるため、古気候や古環境の研究に用いられる。本研究では、北海道大学低温科学研究所の飯塚芳徳准教授及び的場澄人助教らが2015年に掘削したグリーンランド南東ドームコア(SE-Domeコア)を用いた。このアイスコアは、過去60年間の北米と西ヨーロッパを主な起源とする人為由来エアロゾルの歴史を、世界中のアイスコアの中で最高の年代精度で保存している。

(2)  Δ17O値:酸素安定同位体組成は一般的に、最も存在量の多い16Oに対する17O、18Oの比率をδ17,18O値(= 17,18O/16O − 1)と定義して評価する。さらに大気中のオゾンのように特異的な17Oの濃縮は、質量依存則(δ17O = 0.52×δ18O)からのずれとして評価するため、Δ17O = δ17O − 0.52 × δ18Oと定義されている。大気中のオゾン(O3)は生成時に17Oを特異的に濃縮し、O3はΔ17O = 約25 ‰という特徴的な値を有する。他方、O2やH2Oは17Oを異常濃縮せず、Δ17O = 0 ‰である。

 

【論文情報】

掲載誌:Science Advances

論文タイトル:Isotopic evidence for acidity-driven enhancement of sulfate formation after SO2 emission control

著者:服部祥平(東京工業大学 物質理工学院応用化学系 助教)

飯塚芳徳(北海道大学 低温科学研究所 准教授)

Becky Alexander (ワシントン大学 大気科学科 教授)

石野咲子 (国立極地研究所 日本学術振興会特別研究員 PD)

藤田耕史 (名古屋大学 環境学研究科 教授)

Shuting Zhai (ワシントン大学 大気科学科 博士課程学生)

Tomás Sherwen (ヨーク大学 研究員)

大島長 (気象庁気象研究所 主任研究官)

植村立 (名古屋大学 環境学研究科 准教授)

山田明憲 (豊島電気製作所)

的場澄人 (北海道大学 低温科学研究所 助教)

鈴木希実 (東京工業大学 物質理工学院応用化学系 研究員 (研究当時))

鶴田明日香 (東京工業大学 物質理工学院応用化学系 修士課程学生 (研究当時))

Joel Savarino (グルノーブルアルプス大学 主任研究員)

吉田尚弘(東京工業大学 物質理工学院 教授(研究当時)、地球生命研究所 特任教授)

掲載巻・号・年:Vol. 7, Issue 19, 2021

DOI:10.1126/sciadv.abd4610

URL:https://advances.sciencemag.org/content/7/19/eabd4610

 

【研究代表者】

大学院環境学研究科 藤田 耕史 教授

http://www.cryoscience.net/