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国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科・生体反応病理学の蒋 麗(しょう れい)研究員、豊國 伸哉(とよくに しんや)教授、名古屋大学低温プラズマ科学研究センターの堀 勝(ほり まさる)教授、田中宏昌(たなか ひろまさ)教授、中村香江(なかむら かえ)特任講師ら、からなる研究グループは、プラズマ活性化乳酸リンゲル液※1 が悪性中皮腫※2 細胞を特異的に殺傷することを発見しました。悪性中皮腫はアスベスト※3 曝露に起因するがんですが、体腔※4 に発生するため早期に発見できても治療が難しいがんです。名古屋大学は、これまで長年にわたり半導体製造にも必須であるプラズマ※5 研究を推進してきましたが、1990 年代後半に体温に近い低温のプラズマの作成に成功し、医工連携研究※6を熟成してきました。これまでの研究により、プラズマ照射は酸化ストレスを照射部位に負荷することにより多種類の活性化学種※7 を生み出すことを明らかにしました。この低温プラズマを点滴に使用される乳酸リンゲル液に照射したのが、プラズマ活性化乳酸リンゲル液(PAL)です。悪性中皮腫の培養細胞に PAL を投与するとフェロトーシス※8 とよばれる2価鉄に依存した特異的なネクローシス(壊死)を起こすことが初めて明らかになりました。また、今回の論文ではその分子機序も詳細に明らかにしました。網羅的なメタボローム解析※9により、予想外に一酸化窒素(NO)※10をつくる酵素が活性化することが判明しました。初期には、悪性中皮腫細胞はオートファジー※11 機構を開始するにより PAL に適応しようとしますが、リソソーム※12 の NO が増えることを起点として細胞内の脂質過酸化※13が爆発的に増加してフェロトーシスが起こることが示されました。
今回の結果は、体腔で増殖する悪性中皮腫のようながんに対する補助的な治療として有用と考えられます。また、低温プラズマが生体の細胞において NO の発生を促すことを見いだしたのは初めてであり、新たな研究分野であるプラズマ生物学の大きな第一歩となりました。
本研究結果は科学誌「Redox Biology」(2021 年 4 月 23 日電子版) に掲載されました。


【ポイント】

○ プラズマ活性化乳酸リンゲル液が悪性中皮腫細胞を特異的に殺傷することを見いだしました。
○ この仮想的治療法の場合、悪性中皮腫細胞は2価鉄依存性のフェロトーシスという細胞死を起こしていました。
○ 体腔というアプローチの困難な部位のがんにおいては、プラズマ活性化乳酸リンゲル液は新たな治療法として期待されます。
○ 低温プラズマが生体細胞において NO の発生を促すことを見いだしたのは初めてです。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら


【用語説明】

※1 プラズマ活性化リンゲル液
点滴に使用される乳酸リンゲル液に対して低温プラズマを決まった条件で照射したもの。多種類の活性化学種(下記)を含むことがわかっている。
※2 悪性中皮腫
体腔(下記)を被覆している薄い一層の細胞である中皮細胞ががん化したもの。
※3 アスベスト
天然の繊維性鉱物であり、熱・酸・摩擦に強く、種々のマテリアルと混合するのが簡単であったため種々の産業に有用であり、前世紀に世界中で多量に使用された。東南アジア、インド、ロシア、ブラジルなどでは現在も使用されているとされる。悪性中皮腫の80%以上はアスベスト曝露によるとされる。
※4 体腔
私たちの体にある空間であり、臓器が入っている。胸腔・心嚢腔、腹腔の3種類がある。
※5 プラズマ
固体・液体・気体よりさらにエネルギーの高い電離した電子の自由に動く状態。
※6 医工連携研究
医学研究者と工学研究者が協力して新たなものを生み出す努力。
※7 活性化学種
他の分子と反応性が高い化学種。不対電子を持つフリーラジカルや過酸化水素のような活性化学種、一酸化窒素のような活性窒素種も含む広い概念である。
※8 フェロトーシス
2価鉄依存性制御性壊死であり、脂質過酸化を伴う。抗酸化を制御するイオウ(システイン)の相対的減少あるいは鉄の相対的増加で発生する。
※9 メタボローム解析
細胞内の低分子の代謝物を網羅的に測定することにより、どのような代謝が活性化されているか、あるいは不活化されているのかを探索する解析。
※10 一酸化窒素(NO)
窒素と酸素の2つの原子よりなるガス分子。血管拡張作用から発見された。3つの合成酵素が知られる。
※11 オートファジー
日本語では自食作用である。本来は、細胞が飢餓状態にあるときに細胞内の高分子を分解することにより他の目的に使用するという概念であり、大隅良典教授のノーベル賞受賞の対象となった。近年、その分子機構の解明が進み、細胞死も含めて種々の病態に関与することが明らかになっている。
※12 リソソーム
細胞内に存在する脂質二重膜に囲まれた細胞内分子を分解する小器官。内部は pH 5 と酸性になっている。
※13 脂質過酸化
脂質、特に不飽和脂肪酸に活性化学種が反応すると生成するにはペルオキシドやアルデヒドであり、これらの分子はタンパク質などと重合するほか、変異原性などの種々の細胞傷害性を呈すること。


【論文情報】

掲雑誌名:Redox Biology
論文タイトル:Lysosomal nitric oxide determines transition from autophagy to ferroptosis after exposure to plasma-activated Ringer’s lactate
著者:Li Jianga, Hao Zhenga, Qinying Lyua, Shotaro Hayashia,b, Kotaro Satoa, Yoshitaka Sekidoc, Kae Nakamurab,d, Hiromasa Tanakad,e, Kenji Ishikawad, Hiroaki Kajiyamab,d, Masaaki Mizunoe, Masaru Horid and Shinya Toyokunia,d,f
所属:a Department of Pathology and Biological Responses, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan
b Department of Obstetrics and Gynecology, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-Ku, Nagoya, 466-8550, Japan
c Division of Cancer Biology, Aichi Cancer Center Research Institute, 1-1 Kanokoden, Chikusaku, Nagoya 464-8681, Japan
d Center for Low Temperature Plasma Sciences, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa, Nagoya 464-8603, Japan
e Center for Advanced Medicine and Clinical Research, Nagoya University Hospital, 65 Tsurumai-cho, Showa-Ku, Nagoya, 466-8550, Japan
f Sydney Medical School, The University of Sydney, Sydney, NSW 2006, Australia
DOI:https://doi.org/10.1016/j.redox.2021.101989
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Red_Bio_210423en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 豊國 伸哉 教授

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/laboratory/basic-med/pathology/pathology1/
https://www.facebook.com/Toyokuni-Laboratory-1520954848167260