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人文学

2021.06.23

古代メソアメリカ文明「塩づくり集団」のマルチな技能を発見! ~塩以外にも装飾性の高い精製土器まで作っていた!~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院人文学研究科附属人類文化遺産テクスト学研究センター 市川 彰 共同研究員(米国コロラド大学ボルダー校研究員/日本学術振興会海外特別研究員)は、鹿児島国際大学博物館実習施設 鐘ヶ江 賢二 学芸員、鹿児島大学自然科学教育研究支援センター機器分析施設 七村 和彰 技術職員との共同研究で、古代メソアメリカ文明注1)における「塩づくり集団」の土器作りのマルチな技能を明らかにしました。

従来の学説では、沿岸部の「塩づくり集団」は、粗い作りの製塩土器(粗製土器)を用いて塩を作り、その塩を原資として、内陸部の人々と交易し、儀式や副葬品として用いられる装飾性に優れた土器(精製土器)を入手していたとされます。本研究では、中米エルサルバドル共和国の太平洋岸、レンパ川下流域に位置する製塩遺跡ヌエバ・エスペランサ(紀元後250~550年頃)注2)から出土した粗製土器と、精製土器の記載岩石学的分析と蛍光X線分析から、粗製土器も精製土器も在地で生産されたものである可能性が高いことを突き止めました。古代の「塩づくり集団」は、塩づくりに従事していたほか、マルチな技能を生かして、様々な装飾や形の土器を作っていたことが示唆されます。

塩は、人間にとって必要不可欠であり、時には古代国家の盛衰を左右する重要な資源であることは、世界中の製塩土器の数々をみれば明らかです。しかし製塩土器は見た目が粗くシンプルであるため、これまで考古科学の研究対象となることはあまりありませんでした。製塩土器の考古科学的分析が進めば、古代の塩づくりの技術的側面だけではなく、「塩」という資源を取り巻く政治経済組織や地域間交流に新たな知見をもたらすことが期待されます。

本研究成果は、2021年6月6日付学術誌「Science and Technology of Archaeological Research」に掲載されました。

本研究は、文科省科研費 新学術領域研究(#26101003)若手研究(19K134000)、特別研究員奨励費(#13J00824)、大幸財団(#11029)の支援による研究成果の一部です。
 

【ポイント】

・古代メソアメリカの「塩づくり集団」が、集落近隣から採取できる材料を用いて、塩を得るために使っていた粗製土器(=製塩土器)だけではなく、儀式や副葬品用として使われていた装飾性の高い精製土器も製作していたことを明らかにした。

・記載岩石学的分析と蛍光X線分析を利用して、在地産の可能性が高い粗製土器と、搬入品の可能性がある精製土器を分析した結果、いずれも遺跡近隣から採取できる材料を用いていたことがわかった。同じような材料を用いながらも、粘土の準備、成形、装飾技法、焼成方法などを使い分け、多様な土器づくりを営んでいたことが示唆される。

・従来の学説では、沿岸部の「塩づくり集団」は、内陸部の諸都市との交易を通じて、精製土器を獲得していたと考えられていた。本研究によって、「塩づくり集団」が「塩」という単一の生産品とその輸出に依存していたのではなく、マルチな技能を生かして様々な「土器作り(ものづくり)」にも従事していたことが示唆される。

・見た目がシンプルで粗い土器の研究は、見た目の情報量が少ないことから装飾性の高い土器に比べて研究が遅れがちだが、目に見えない情報を引き出すことができる考古科学との協働から新しい知見が生まれることが期待される。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 
【用語説明】

注1)古代メソアメリカ文明:

アメリカ大陸の中央部で、16世紀にスペイン人が侵略するまで栄えた多様な諸文明(アステカ文明、マヤ文明など)の総称。

注2)ヌエバ・エスペランサ遺跡:

この遺跡は、紀元後5~6世紀中頃に起きたイロパンゴ火山の巨大噴火と、その後の二次災害(洪水)によって埋没した。沿岸部の遺跡は、海岸線の変化や海面上昇によって水没し、調査が難しくなるか、開発によって破壊されがちであるが、ヌエバ・エスペランサ遺跡は、厚い火山灰とその後の洪水による土砂の堆積によってパックされている(図1参照)。保存状況が非常に良好なので、他の遺跡では得にくいデータが残されており製塩遺跡としては貴重な事例。

 

【論文情報】

雑誌名:Science and Technology of Archaeological Research

URL: https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/20548923.2021.1927349

論文タイトル:Pottery Production in Salt Workshops: Petrographic and XRF Analysis of Pottery from Nueva Esperanza, El Salvador

著者:Akira Ichikawa a (市川彰) , Kenji Kanegae b(鐘ヶ江賢二),

Kazuaki Nanamura c(七村和彰)

a. 名古屋大学大学院人文学研究科附属人類文化遺産テクスト学研究センター/コロラド大学ボルダー校人類学部/日本学術振興会海外特別研究員

b. 鹿児島国際大学博物館実習施設

c. 鹿児島大学自然科学教育研究支援センター機器分析施設

公開日:2021年6月6日

DOI:10.1080/20548923.2021.1927349

URL:https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/20548923.2021.1927349

 

【研究代表者】

人文学研究科附属人類文化遺産テクスト学研究センター 市川 彰 共同研究員