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農学

2021.07.29

水陸両生の水草ミズハコベが姿を変える仕組みを解明

水辺に生育する植物である水草の仲間には、水中でも陸上でも育つことのできる水陸両生の種が知られています。水陸両生種ではしばしば、同一個体でも、陸上で成長している時と水中で成長している時とで、劇的に異なる形態の葉を作ることが知られています。この能力は異形葉性と呼ばれ、古くから研究者の興味を引いてきました。しかし、どうして全く異なる葉の形を作ることができるのか、その仕組みについては詳しく知られていませんでした。国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の榊原 均 教授らの本研究グループは、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の古賀 皓之 助教、塚谷 裕一 教授を中心とし、顕著な異形葉性を示すオオバコ科の水草ミズハコベを用いて、異形葉性の制御機構について研究を進めました。

ミズハコベは陸上では卵形の陸上葉を、水中ではリボン状の水中葉をつけます。この水中葉は、葉を構成する各細胞が細長く成長することで作られます。本研究グループは、水中葉の細胞成長には植物ホルモンのエチレン(注2)やジベレリン(GA)(注3)の作用が必要であることを示しました。また一方で、別の植物ホルモンであるアブシシン酸(ABA)(注4)の内生量の減少も必要であることがわかりました。しかし、これらのホルモンの変化だけでは、陸上で成長している植物に水中葉を作らせることはできないこともわかりました。水中葉の形成には、水中にいることで引き起こされる、なんらか別の因子も必要なことが示唆されます。

さらに研究グループは、複数の栽培条件での遺伝子発現パターンを網羅的に比較した上、加えて異形葉性をもたない近縁種とも遺伝子発現パターンを比較することで、異形葉性に深く関わる遺伝子群を絞り込みました。これらの遺伝子のうちいくつかは、モデル植物シロイヌナズナで細胞伸長に関与することが知られているものでした。こうした遺伝子群が複合的に働くことにより、劇的な葉の発生様式の変化を引き起こしていると推定されます。

この成果は、米科学誌『The Plant Cell』で公開されました。

 

 

【ポイント】

◆ オオバコ科の水陸両生植物(注1)ミズハコベが、水中と陸上とで葉の形を変える現象「異形葉性」の分子基盤を明らかにした。

◆ ミズハコベの異形葉性には複数の植物ホルモンが関わっていることを明らかにし、さらにその下流で葉の形態の制御に重要な役割を果たす遺伝子群を絞り込んだ。

◆ 異形葉性は複数の被子植物の系統で独立に進化しており、ミズハコベの系統においても、独自の仕組みで異形葉性が進化してきたことが示唆された。植物の水辺環境への適応の仕組みを知る手がかりとなる。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語解説】

(注1)水陸両生植物

水辺に生育する植物(水草)の生活型のひとつ。完全水生の水草は水中では成長できるが、陸上では乾燥して死んでしまう。また、通常の陸生植物は、水中では成長が著しく阻害され、生存できない。しかし水陸両生の水草は、水中でも陸上でも成長することができるため、水位が頻繁に変動するような環境で有利に生存できると考えられる。

(注2)エチレン

植物ホルモンの一種で、常温で気体。種子の発芽促進、茎の伸長抑制、果実の成熟促進、花や葉の老化・脱落促進などのはたらきがある。気体であるため、水中では植物体外への放出が著しく阻害される。

(注3)ジベレリン(GA)

ある種の植物ホルモンの総称で、一般に生長軸の方向への 細胞伸長促進、種子の発芽促進や休眠打破の促進、 老化の抑制等に関わっている。

(注4)アブシシン酸(ABA)

植物ホルモンの一種。休眠や生長抑制、気孔の閉鎖などを誘導する。 また乾燥などのストレスに対応して合成されることから「ストレスホルモン」とも呼ばれる。

 

 

【発表雑誌】

雑誌名:The Plant Cell

論文タイトル:Identification of the unique molecular framework of heterophylly in the amphibious plant Callitriche palustris L.

著者: Hiroyuki Koga*, Mikiko Kojima, Yumiko Takebayashi, Hitoshi Sakakibara, Hirokazu Tsukaya

DOI:10.1093/plcell/koab192

URL:https://doi.org/10.1093/plcell/koab192

 

【研究代表者】

大学院生命農学研究科 榊原 均 教授

https://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~ck/