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医歯薬学

2021.08.25

老化した細胞が炎症を引き起こすしくみを解明 ~非翻訳RNA が炎症関連遺伝子のスイッチをオンにする~

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科生体反応病理学の豊國 伸哉 教授は、がん研究会がん研究所細胞老化プロジェクトの宮田 憲一(みやたけんいち)客員研究員、高橋 暁子(たかはしあきこ)プロジェクトリーダーを中心とする研究グループと共に、老化細胞において、ゲノムDNA 上の繰り返し配列(ペリセントロメア領域)から転写される非翻訳RNA(サテライトII RNA)が、ゲノムの構造維持に重要なCTCF※1 の機能を阻害することで、炎症性遺伝子群(SASP 因子※2)の発現を亢進するメカニズムを明らかにしました。
正常な細胞はストレスによって細胞老化が誘導されます。加齢に伴い体内に蓄積した老化細胞はさまざまな炎症性タンパク質を分泌するSASP(Senescence-Associated Secretory Phenotype)をおこすことで、周囲の組織に炎症や発がんを促すことが知られています。そのため、超高齢化社会を迎えた我が国において、健康寿命延長のためにもSASP 制御機構の解明は重要な課題とされています。
近年、老化細胞では染色体の構造が変化していることが観察されていましたが、その意義はわかっていませんでした。今回、本研究グループは、細胞老化によって染色体のペリセントロメア領域が開いて、この領域からサテライトII RNA の転写が亢進していることを同定しました。さらなる解析から、サテライト II RNA が染色体構造を維持するために重要なタンパク質の CTCF と結合し、その機能を阻害することで染色体相互作用を変化させ、正常な細胞ではおこらない炎症性遺伝子群(SASP 因子)の転写を誘導することを明らかにしました。さらに、このサテライトII RNA はがん関連線維芽細胞(CAFs)※3 で高発現しており、細胞外小胞であるエクソソームに含まれて分泌され、他の細胞へ染色体不安定性などのがん化の形質を伝搬することも明らかにしました。
本研究成果は、令和3 年8 月24 日(日本時間)に、米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the
National Academy of Sciences of the United States of America;PNAS)オンライン版に掲載されました。 

【ポイント】

○ 老化した細胞では、正常な細胞にはみられない非翻訳RNA(サテライトII RNA)※4 が高発現し、炎症に関わる遺伝子のスイッチをオンにすることを発見しました。
○ サテライトII RNA は染色体の形を変えることで、がんなどの病気を引き起こす jh炎症性遺伝子を誘導します。
○ 大腸がん患者の組織では、がん細胞や周囲の細胞でサテライトII RNA の発現が高いことを見つけました。
○ サテライトII RNA がエクソソーム※5 という小さな粒子によって周りの細胞に移動して、がんの悪性化にはたらく可能性があることから、新しいがん治療の標的として期待されます。

 

◆詳細(プレスリリース)はこちら


【用語説明】

(※1)CTCF(CCCTC-binding factor)
ゲノムの一部をループで区切り、特定の領域を他領域から隔てることで、遺伝子発現を適切に維持するためのインシュレーター(区切り壁)として機能するタンパク質、CCCTC 結合因子の略称。また、特定のプロモーター領域に結合し、エンハンサー領域(遺伝子から離れた位置で遺伝子の転写効率に関わる制御領域)を引き寄せることで、遺伝子発現を制御していることも知られている。CTCF 遺伝子に変異が入ったマウスでは、がんが頻発し、生存期間が短くなるため、がん抑制遺伝子として機能していることも知られている。
(※2)SASP 因子
老化した細胞は、サイトカイン、ケモカインなどのさまざまな炎症性タンパク質を高発現し細胞外へと分泌している。この現象は、細胞老化随伴分泌現象SASP(Senescence-Associated Secretory Phenotype)と呼ばれ、分泌されるタンパク質群はSASP 因子と総称されている。
(※3)がん関連線維芽細胞(CAFs)
正常な線維芽細胞は、ヒトの身体の全臓器に存在し、それらの形や構造維持に必須の役割を担うが、がんの間質(がん微小環境を構成するがん細胞を支える組織)を構成する線維芽細胞は、がん関連線維芽細胞(CAFs: Cancer-Associated Fibroblasts)と呼ばれ、がん細胞の増殖や抗がん剤治療に抵抗性を誘導し、さらに抗腫瘍免疫を抑制してがんの悪性化に働くことが報告されている。
(※4)サテライトII RNA
ゲノムの約3%程度を占める単純反復配列であるサテライトDNA 領域に由来する非翻訳RNA(タンパク質へ翻訳されないRNA の総称)の一種。サテライトII 領域は、一部の染色体のペリセントロメア(染色体の長腕と短腕が交差するセントロメア領域の近傍)領域に存在し、通常はヘテロクロマチン(高度に凝集したクロマチン構造)化により、その転写は抑制されている。
(※5)エクソソーム
細胞質の多胞性エンドソームが細胞膜と融合して分泌される直径50~150 nm 程の細胞外分泌膜小胞の一種。老化細胞やがん細胞ではその分泌量が亢進していることが明らかとなっている。


【論文情報】

掲雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America;PNAS
論 文 タイト ル : Pericentromeric noncoding RNA changes DNA binding of CTCF and
inflammatory gene expression in senescence and cancer
著者:Kenichi Miyata1, Yoshinori Imai1, Satoshi Hori1, Mika Nishio1, Tze Mun Loo1, Ryo Okada1,
Liying Yang2, Tomoyoshi Nakadai2, Reo Maruyama2, Risa Fujii3, Koji Ueda3, Li Jiang4, Hao Zheng4, Shinya Toyokuni4, Toyonori Sakata5, Katsuhiko Shirahige5, Ryosuke Kojima6,13, Mizuho Nakayama7, Masanobu Oshima7, Satoshi Nagayama8, Hiroyuki Seimiya9, Toru Hirota10, Hideyuki Saya11, Eiji Hara12, and Akiko Takahashi1,13,14,15 *
(*責任著者)
所属:
1. 公益財団法人がん研究会 がん研究所 細胞老化プロジェクト
2. 公益財団法人がん研究会 がん研究所 がんエピゲノムプロジェクト
3. 公益財団法人がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター がんオーダーメイド医療開発プロジェクト
4. 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学医学部 大学院医学系研究科 病理病態学講座生体反応病理学・分子病理診断学
5. 東京大学 定量生命科学研究所 ゲノム情報解析研究分野
6. 東京大学 大学院医学系研究科 生体物理医学専攻
7. 金沢大学がん進展制御研究所 がん幹細胞研究プログラム 腫瘍遺伝学研究分野
8. 公益財団法人がん研究会 がん研有明病院 消化器センター大腸外科
9. 公益財団法人がん研究会 がん化学療法センター 分子生物治療研究部
10. 公益財団法人がん研究会 がん研究所 実験病理部
11. 慶應義塾大学 医学部 先端医科学研究所
12. 大阪大学 微生物病研究所 遺伝子生物学分野
13. 国立研究開発法人 科学技術振興機構 さきがけ
14. 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業 PRIME
15. 公益財団法人がん研究会 NEXT-Ganken プログラム がん細胞社会成因解明プロジェクト
DOI:https://www.pnas.org/content/118/35/e2025647118
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/PNAS_210824en.pdf  

 

【研究代表者】

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/laboratory/basic-med/pathology/pathology1/