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医歯薬学

2021.08.06

腹水中に浮遊する癌細胞塊の存在と卵巣癌難治性化との関連を実証 〜新たな治療標的の確立に期待〜

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科産婦人科学の吉原雅人 特任助教、芳川修久 助教、梶山広明 教授、同生物統計学の江本 遼 特任助教、松井茂之 教授らの研究グループは、腹水中に浮遊する癌細胞塊の存在が、多様な病態を呈する卵巣癌において、病期分類、組織型※1 などの腫瘍の特性や、年齢や手術法などの患者背景に関わらず、治療後の生命予後を著しく悪化させることを、大規模な患者追跡予後調査と傾向スコア逆数重み付け法※2 を用いた統計モデルによって明らかにしました。
卵巣癌は婦人科領域における最も予後不良な癌の一つであり、血行性、リンパ行性の転移に加えて、経腹水性の転移に伴う腹膜播種※3 という特徴的な進展様式を示します。その際に、腹水中に存在する転移の「種」となる癌細胞塊の存在が、腹水細胞診により示されることは、早期卵巣癌における予後因子となることが知られておりました。しかし、すでに多くの転移を伴う進行卵巣癌や、年齢(若年者や高齢者)、手術法(縮小手術や拡大手術※4)などの異なる患者背景において、腹水中の癌細胞塊が生命予後に与える影響は、これまで明らかではありませんでした。
研究グループは、東海地方で約35 年に渡って集められた、総計約5,000 人に上る悪性卵巣腫瘍患者の大規模データを用いて、腹水中の癌細胞塊の存在が、あらゆる病態の卵巣癌において生命予後を悪化させることを、多角的な統計学的調整手法を用いて実証しました。さらに、腹水中の癌細胞塊に対する化学療法の治療効果を確認することに成功しました。本結果は、病状の進行を予測する因子となることに加えて、腹水中の癌細胞塊が難治性の卵巣癌における今後の新たな治療標的となる可能性が期待されます。
本研究成果は、国際科学誌「Scientific Reports」 ( 英国時間 2021 年7 月26 日付けの電子版) に掲載されました。


【ポイント】

○腹水中に浮遊する癌細胞塊の存在が、あらゆる病態の卵巣癌において生命予後を悪化させることが明らかとなりました。
○腹水中の癌細胞塊に対しての化学療法の治療効果を確認することに成功しました。
○腹水中の癌細胞塊は、病状の進行を予測する因子となることに加えて、難治性の卵巣癌における今後の新たな治療標的となる可能性が期待されます。

 

◆詳細(プレスリリース)はこちら


【用語説明】

※1 組織型:卵巣癌の中でも顕微鏡的に細胞の種類が異なり、主に漿液性癌、明細胞癌、粘液性癌、類内膜癌の4 つの分類が存在する。
※2 傾向スコア逆数重み付け法:ある患者がそれぞれの群(本研究では、腹水細胞診陽性と陰性それぞれの患者グループ)に割り当てられる確率を傾向スコアとして算出し、逆数を重み付けすることで、群間の不均衡を調整する統計学的手法。
※3 腹膜播種:腹膜を覆う腹膜表面へ腫瘍細胞が「種を播いた」ように散布し、腹膜に転移巣を形成する卵巣癌に特徴的な転移形態。
※4 拡大手術:子宮と両側の卵巣・卵管に加えて所属リンパ節の郭清を含めた手術様式。縮小手術の場合は、子宮と片側の卵巣・卵管を残す妊孕性温存手術やリンパ節郭清を省略したものが含まれる。


【論文情報】

掲雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:A large-scale multi-institutional study evaluating prognostic aspects of positive
ascites cytology and effects of therapeutic interventions in epithelial ovarian cance
著者:Masato Yoshihara1, Ryo Emoto2, Kazuhisa Kitami1, Shohei Iyoshi1,3, Kaname Uno1,4,
Kazumasa Mogi1, Sho Tano1, Nobuhisa Yoshikawa1, Shigeyuki Matsui2, Hiroaki Kajiyama1
所属:
1. Department of Obstetrics and Gynecology, Nagoya University Graduate School of Medicine
2. Department of Biostatistics, Nagoya University Graduate School of Medicine
3. The University of Freiburg’s Faculty of Medicine
4. Lund University Faculty of Medicine
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-021-93718-3
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Sci_Rep_210726en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 吉原 雅人 特任助教

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/obgy/