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医歯薬学

2021.08.12

髄膜腫の新たな実験モデルを世界で初めて樹立! 〜患者腫瘍由来のオルガノイドモデルを用いた病態解析により新たな治療法の確立へ〜

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科(研究科長・門松健治)・脳神経外科(教授・齋藤竜太)の山﨑慎太郎(やまざきしんたろう)大学院生、大岡史治(おおおかふみはる)講師、夏目敦至(なつめあつし)准教授らの研究グループは髄膜腫の腫瘍検体を用いて、新たな実験モデルである髄膜腫オルガノイドモデルの樹立に成功しました。
髄膜腫は、最も高頻度に発生する原発性脳腫瘍です。現在の標準治療は手術と放射線照射であり多くは経過良好であるものの、良性であっても取り切れない場合や悪性の場合は再発を繰り返し生命を脅かします。近年の研究により、髄膜腫の増殖に関わっている可能性のある重要な分子異常が同定されてはいますが、そのメカニズムはわかっておらず有効な分子標的治療薬は見つかっていません。髄膜腫では細胞株や動物モデル等の研究用モデルの作成が困難であることが大きな原因の一つとなり、詳細に病態を解明する研究を行うことが困難でした。近年、様々ながん腫で三次元の組織培養技術を用いたオルガノイドモデルが有望な研究モデルとして注目されています。この培養技術を用いて、培養を行ったすべての症例から髄膜腫のオルガノイドモデルを樹立することができ、世界で初めて報告しました。
増殖が早い悪性髄膜腫では、FOXM1 遺伝子が異常高発現していることに注目し、髄膜腫オルガノイドモデルを用いて、FOXM1 の発現量が腫瘍の増殖に及ぼす影響を検証しました。オルガノイドモデルを用いて FOXM1 遺伝子を強制発現もしくはノックダウンすると増殖能が変化することを同定し、FOXM1 阻害剤と放射線治療を併用すると髄膜腫オルガノイドの増殖が抑制されることから、FOXM1 が新規治療標的となる可能性を示しました。今後、本実験モデルを用いることで、髄膜腫の詳細な病態の解明と髄膜腫に対する新たな治療戦略の開発につながる可能性があります。

この研究成果は、「Neuro-Oncology」のオンライン版に掲載されました(2021 年 7 月 2 日)。

 
【ポイント】

○髄膜腫(※1)は最も高頻度にみられる原発性脳腫瘍です。手術が標準治療ですが、取り切れなかった場合は、放射線治療は行われるものの薬物治療は確立しておらず治療が難しいことも多いです。髄膜腫の実験モデルは限られており、治療標的分子を同定する機能解析研究を進めることが困難です。
○新たな培養法として注目されている 3 次元組織培養技術であるオルガノイド(※2)培養法を用いて、手術摘出した髄膜腫腫瘍検体のオルガノイドモデルを樹立することに成功しました。樹立したオルガノイドモデルは腫瘍の組織学的及び遺伝的特徴を忠実に反映していることを確認しました。
○これまでに悪性髄膜腫の増殖に関与していると考えられていた FOXM1(※3)遺伝子の発現異常に注目し、オルガノイドモデルを用いた in-vitro 実験を行いました。FOXM1 の過剰発現にて腫瘍増殖能が亢進し、逆に FOXM1 の発現をノックダウンすると腫瘍増殖能が抑制されることを確認しました。また、FOXM1 阻害剤は放射線照射との併用により悪性髄膜腫オルガノイドの増殖を抑制し、高発現した FOXM1 が悪性髄膜腫の新規治療標的となる可能性を示しました。

 

◆詳細(プレスリリース)はこちら

 

【用語説明】

※1. 髄膜腫(ずいまくしゅ)
脳の周りを覆う硬膜という膜から発生する腫瘍で最も発生頻度の高い原発性脳腫瘍です。腫瘍が増大することで脳や神経、血管を圧迫して様々な症状を呈します。悪性度は WHO 分類で形態学的な特徴により、緩徐な増大を示し良性のグレード I からより増殖能が高いグレード II、III に分類されます。腫瘍の発生部位によっては手術摘出が非常に困難となり合併症の危険性が高まり、更にグレード II、III の髄膜腫では外科的切除や放射線照射を行なっても再発を繰り返し予後不良の経過を辿ることが多くなります。
※2. オルガノイド
足場となる細胞外環境の存在下での三次元細胞培養技術を用いて樹立される組織様構造です。元となる正常組織や腫瘍の主な特徴を忠実に再現できるシステムと考えられています。オルガノイド培養法を用いることで、従来の二次元培養法では培養が困難であった正常組織や良性腫瘍由来の細胞を元にした培養が可能となります。ゲノム編集技術を用いた病態メカニズムの解析や、個別化医療の薬剤スクリーニング等に用いられています。
※3. FOXM1
Forkhead box M1(FOXM1)は転写因子 FOXM1 をコードする遺伝子です。転写因子 FOXM1 は細胞周期の進行に関わる重要な遺伝子の発現を調整していると考えられています。FOXM1 は髄膜腫以外の様々ながん腫でも異常高発現していることが報告されており、腫瘍増殖に関わる重要な遺伝子として注目されています。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Neuro-Oncology
論文タイトル:Newly Established Patient-derived Organoid Model of Intracranial Meningioma
著者:Shintaro Yamazaki1,6, Fumiharu Ohka1,6*, Masaki Hirano1,2, Yukihiro Shiraki3, Kazuya
Motomura1, Kuniaki Tanahashi1, Takashi Tsujiuchi4, Ayako Motomura4, Kosuke Aoki1, Keiko Shinjo5, Yoshiteru Murofushi5, Yotaro Kitano1, Sachi Maeda1, Akira Kato1, Hiroyuki Shimizu1, Junya Yamaguchi1, Alimu Adilijiang1, Toshihiko Wakabayashi1, Ryuta Saito1, Atsushi Enomoto3, Yutaka Kondo5, and Atsushi Natsume1*.
所属:1. Department of Neurosurgery, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya,Japan
2. Division of Molecular Oncology, Aichi Cancer Center Research Institute, Nagoya, Japan.
3. Department of Pathology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan.
4. Department of Neurosurgery, Daido hospital, Nagoya, Japan
5. Division of Cancer Biology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
6. These authors equally contributed to this work.
DOI:https://academic.oup.com/neuro-oncology/advance-article/doi/10.1093/neuonc/noab155/6313216
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Neu_Onc_210702en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 大岡 史治 講師 

https://med-nagoya-neurosurgery.jp/