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国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の本多 裕之 教授らの研究グループは、銀杏タンパク質から新規の生理活性ペプチド注1)を発見しました。
コレステロールは胆汁酸ミセル注2)に包まれて吸収されますが、ミセルが崩壊されるとコレステロールの吸収が抑えられるため、血中コレステロールを低下させることが可能です。これまでに天然アミノ酸からなる胆汁酸ミセル崩壊ペプチドが探索されてきましたが、可食性タンパク質注3)由来のペプチドは大豆コングリシニン由来のVAWWMY注4)のみでした。天然アミノ酸からなるペプチドは主に胃の消化酵素ペプシン注5)で分解されますが、VAWWMYもペプシンで分解される問題点がありました。
一方、同グループは富士シリシア化学株式会社と共同で、ペプチドを吸着できる無毒な高温焼成シリカゲルを開発しました。このシリカゲルは10nmの細孔を持ち、酸性かつ疎水性のペプチドを胃酸の低pH条件下で細孔内部に吸着し、ペプチドの胃での加水分解を防ぐことができ、腸送達を可能にします。
本研究で、胆汁酸ミセル崩壊活性を持ち、シリカゲル吸着特性を兼ね備え、かつ可食性タンパク質由来の生理活性ペプチドとして、銀杏タンパク質由来の天然ペプチドVEEFYCSの探索に成功しました。この探索は、機械学習注6)を用い35万種類にも及ぶ可食性ペプチドデータベースからコンピュータで探索するインシリコスクリーニング注7)であり、従来の探索の困難さを一気に解決する全く新しい方法です。食品分野で使用する生理活性ペプチドは、可食性タンパク質を抽出し、産業用酵素で分解し、カラムクロマトグラフィーなどで分画し、生理活性画分を同定し、産業応用の可能性を追究するという非常に多くの工程と時間と人手をかける方法ですが、大学院生1人で約半年の探索期間で発見できており、非常に高速な探索法であることを実証しています。
本研究は、2021年10月18日付学術雑誌「Foods, 10, 2496 (2021)」に掲載されました。

 

【ポイント】

・銀杏タンパク質からコレステロール低下作用が期待できるペプチドVEEFYCSを発見した。
・機械学習を使って可食性ペプチドデータベースからコンピュータ探索できることを示した。
・当該ペプチドは胆汁酸ミセルを崩壊させる活性を示す。
・さらに酸性条件下で無毒なシリカゲルに吸着し胃分解抵抗性を示すことで腸送達が可能。

 

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【用語説明】

注1)ペプチド:
アミノ酸がペプチド結合で連なったポリマー。タンパク質になる天然アミノ酸は20種類ある。
 

注2)胆汁酸ミセル:
胆汁酸は胆汁に含まれる有機酸で、肝臓でコレステロールから合成される。ヒトではコール酸、ケノデオキシコール酸が一次胆汁酸として合成され、さらにアミノ酸のグリシンあるいはタウリンとの抱合体を形成して、胆汁成分として十二指腸に分泌される。胆汁酸は疎水性が高いため分子同士が会合してコロイド粒子を作る。これをミセルと呼ぶ。胆汁酸は食物として腸に入ってきた脂肪をミセル化して吸収を促進する。コレステロールも胆汁酸ミセルに包埋されて小腸から吸収される。

 

注3)可食性タンパク質:
食経験のある食物由来のタンパク質。乳、卵、魚介類、大豆などの豆類、米や小麦などの穀類など多数ある。

 

注4)配列情報VAWWMY:
ペプチドはアミノ酸配列の違いで機能が発現したり消失したり、別の機能が発現されたりするため、その配列情報がとても重要である。20種類あるアミノ酸を1文字表記した。Vはバリン、Aはアラニン、Wはトリプトファン、Mはメチオニン、Yはチロシンを示す。ちなみにコングリシニンは大豆の主要タンパク質の1つであり、中性脂肪、内臓脂肪の軽減効果があると知られている。

 

注5)消化酵素ペプシン:
食物の消化を助けるため胃で分泌される代表的なタンパク質加水分解酵素。アミノ酸のポリマーであるタンパク質のペプチド結合を加水分解し、低分子のペプチドやアミノ酸にしてタンパク質の吸収を促す。体内ではほかに膵液中に分泌されるトリプシン、キモトリプシン、エラスターゼなどのプロテアーゼがある。

 

注6)機械学習:
学習データを使ってある現象の本質を帰納法的に明らかにしようとするアルゴリズムあるいは構築した数学的関係式(モデル)のこと。ここではアミノ酸の物理化学的特徴を説明変数として生理活性の大小を学習している。

 

注7)インシリコスクリーニング:
in silico(インシリコ)は、 in vivo(生体内で)やin vitro(試験管内で)に対応して作られた用語で、「コンピュータ(シリコンチップ)の中で」を意味するこの概念は主に薬物探索分野で使われてきた。インシリコスクリーニングとは、新規薬物の候補化合物の構造などの情報とそれに対応する薬理活性や副作用などの情報をデータベース化して、コンピュータに入力し、コンピュータ上で仮想実験を行い、薬物として優れた性質を持つ化合物を選択すること。化合物ライブラリーが膨大になればなるほど、すべて科学実験で探索することは不可能なので、正確にインシリコスクリーニングできる方法の確立が強く望まれている。

 

【論文情報】

掲載紙:Foods, 10, 2496 (2021)
論文タイトル:In Silico Screening of a Bile Acid Micelle Disruption Peptide
for Oral Consumptions from Edible Peptide Database
著者:Kento Imai, Yuri Takeuchi, Kazunori Shimizu and Hiroyuki Honda
名古屋大学大学院工学研究科生命分子工学専攻
DOI : 10.3390/foods10102496
URL : https://www.mdpi.com/2304-8158/10/10/2496

 

【研究代表者】

大学院工学研究科 本多 裕之 教授

https://www.chembio.nagoya-u.ac.jp/labhp/life2/index.html