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工学

2021.11.15

愛情ホルモンで知られる「オキシトシン」の新規アンタゴニストを発見 ~新規の早産治療薬開発やオキシトシンの進化・構造解明に期待~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の本多 裕之 教授らの研究グループは、愛情ホルモンとして知られるオキシトシン注1)のアミノ酸残基を別の天然アミノ酸に置換することで、オキシトシンの新規アンタゴニスト注2)を発見しました。
オキシトシン(CYIQNCPLG注3))は、アミノ酸9個が結合し環状構造を持つペプチドホルモンで、スキンシップや授乳、他者との信頼関係が醸成される際に分泌されると言われており、愛着を深めるためだけではなく、ストレス緩和や情緒安定にも寄与すると言われてる重要なペプチドです。
またオキシトシンは、子宮収縮作用があるため分娩誘発剤として使われますが、近年では自閉症にも効果があることが分かり、利用の拡大が進められています。一方、受容体の活性化を阻害するアンタゴニストは、切迫早産の治療薬として開発されています。
同グループは、Fmoc固相合成法注4)で環状ペプチドを合成し、光開裂リンカー注5)で遊離させる遊離環化ペプチドライブラリーを作製する技術を開発、オキシトシンのアミノ酸残基を置換した類縁体を80種以上合成し、その機能を明らかにしました。その結果、2残基目のチロシン(Y)の置換体がアンタゴニスト活性に特に重要で、ロイシン(L)、イソロイシン(I)、トリプトファン(W)置換体で活性を示し、W置換体で市販のアンタゴニスト、アトシバンと同程度の阻害作用を示すことが分かりました。これは新規の早産治療薬開発につながるだけでなく、オキシトシンの進化や構造に関する新しい知見として重要です。
本研究成果は、2021年11月9日付オープンアクセスジャーナル「ACS Omega, 6(2021)」に掲載されました。

 

【ポイント】

・遊離環化ペプチドライブラリーの作製に成功した。
・80種以上の1残基置換体を評価した結果、アンタゴニスト活性を示す置換体が得られた。
・分子構造上、同一面に存在する2~5残基目の疎水度がアンタゴニスト活性に重要。
・2残基目のW置換体で市販のアンタゴニスト、アトシバンと同程度の阻害作用を示した。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)オキシトシン:
略記OXT。1952年に分子構造が決定された。OXTは上記の通りCYIQNCPLG(2つのCの間はジスルフィド結合)の9残基からなる環化ペプチドで、脳下垂体から分泌され、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)であるOXT受容体と結合して様々な生理機能を発揮するため、現在も大きな注目を浴びている。

 

注2)アンタゴニスト:
本来のリガンド(結合して作用する因子)と同様に、生体内の受容体分子に働いて作用する化合物をアゴニストと呼ぶが、受容体分子に働いて本来のリガンドである神経伝達物質や、ホルモンなどの働きを阻害する化合物をアンタゴニストと呼ぶ。作用自体はないが受容体に可逆的に結合する。このため、本来のリガンド分子と結合する受容体部位を奪い合うことによって阻害する競合的拮抗薬と、受容体の結合定数に影響をおよぼしたり、受容体と不可逆的に結合したりするなどして阻害する非競合的拮抗薬がある。

 

注3)CYIQNCPLG:
ペプチドはアミノ酸配列の違いで機能が発現したり消失したり、別の機能が発現されたりするため、配列情報が重要である。これはOXTの配列情報。20種類あるアミノ酸を1文字表記した。C:システイン、Y:チロシン、I:イソロイシン、Q:グルタミン、N:アスパラギン、P:プロリン、G:グリシン。他に、A:アラニン、D:アスパラギン酸、E:グルタミン酸、F:フェニルアラニン、H:ヒスチジン、K:リジン、L:ロイシン、M:メチオニン、R:アルギニン、S:セリン、T:スレオニン、V:バリン、W:トリプトファン。

 

注4)Fmoc固相合成法:
高収率でαアミノ酸をペプチド結合で連結させるための化学合成方法。反応後の目的分子以外の不要物や残存試薬の除去が簡便である。N末端のアミノ基を塩基で除去できるFmoc基で保護する方法。αアミノ酸の側鎖は別の保護基で保護する。

 

注5)光開裂リンカー:
紫外線照射で共有結合が開裂する化合物。この研究では4-{4-[1-(9-Fluorenylmethyloxycarbonylamino)ethyl]-2-methoxy-5-nitrophenoxy}butanoic acidを使用しており、ペプチド合成の際、根元にリンカーとして挿入して合成した。またトランスイルミネーターを用いて365 nm のUVを3 h 照射することで、開裂させた。

 

【論文情報】

掲載紙:ACS Omega, 6,(2021)
論文タイトル:Agonist/antagonist activity of oxytocin variants obtained from free cyclic peptide libraries generated via amino acid substitution
著者:Remi Kinoshitaa, Ikko Kozakia, Kazunori Shimizua, Takahiro Shibatab, Akihito Ochiaic and Hiroyuki Hondaa
a:名古屋大学大学院工学研究科生命分子工学専攻
b:名古屋大学大学院生命農学研究科応用生命科学専攻
c:新潟大学工学部
DOI:10.1021/acsomega.1c04982
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsomega.1c04982

 

【研究代表者】   

大学院工学研究科 本多 裕之 教授
https://www.chembio.nagoya-u.ac.jp/labhp/life2/index.html