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農学

2021.11.25

作物の環境ストレス耐性の強化に幅広く貢献する 根の通気組織の形成メカニズム ~根の細胞への酸素の供給と細胞を維持するためのコストの削減~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学生物機能開発利用研究センターの山内 卓樹 准教授と大学院生命農学研究科の中園 幹生 教授は、イネ科作物の根の皮層細胞の選択的細胞死によって形成される破生通気組織注1)のメカニズムに関して、主に耐湿性の観点から研究を展開してきました。これまでに、オーキシンやエチレン、活性酸素種などの植物ホルモンを介したシグナル伝達が、通気組織形成を複合的に制御することを発見しました。根の通気組織形成は、地上部から水田のように冠水した土壌中に存在する根の細胞に、酸素を効率よく供給するために重要な形質です。最近の研究では、通気組織が乾燥土壌や貧栄養土壌において、作物の根の細胞を維持するコストを削減し、限られたエネルギーを有効に利用することで根を深く広く張ることに貢献することも分かってきました。そこで本論文では、将来の通気組織研究の発展を目的として、冠水や乾燥、貧栄養に応答した通気組織形成メカニズムの理解についての現状を報告しました。
本研究成果は、2021年11月20日付イギリス科学誌「Trends in Plant Science」電子版に掲載されました。
本論文の発表は、国立研究開発法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR17Q8)および日本学術振興会 科学研究費助成事業「学術変革領域研究(A)」(JP20H05912)の支援を受けて行われました。

 

【ポイント】

・破生通気組織は、根の皮層細胞の選択的な細胞死によって形成され、農業上重要なイネ科作物やマメ科作物の根に共通してみられる。
・耐湿性の強いイネは、酸素が豊富に存在する土壌でも恒常的に通気組織を形成するとともに、冠水に応答してその形成範囲を誘導的に広げる。一方、耐湿性の弱いイネ科畑作物では、冠水に応答して誘導的に通気組織を形成する注2)
・恒常的通気組織形成にはオーキシンシグナル伝達注3)が関与し、誘導的通気組織形成にはエチレンと活性酸素種によるシグナル伝達注4)が関与する。
・乾燥環境での通気組織形成のメカニズムは全く分かっておらず、貧栄養環境での通気組織形成過程では、根のエチレンに対する感受性が高まることが報告されている。

 

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【用語説明】

注1)破生通気組織:
イネ科植物の根の(破生)通気組織は、皮層細胞の選択的な細胞死(プログラム細胞死)によって形成される空隙である。冠水環境において、地上部から根端部への酸素の供給を担うことから、耐湿性の強弱を決める最も重要な形質の1つであると考えられている。

 

注2)恒常的・誘導的通気組織形成:
破生通気組織は、環境に依存せず根の成長にともない形成される恒常的通気組織と酸素の欠乏に応答して形成される誘導的通気組織に分けられる。イネなどの湿生植物は、好気的環境で恒常的通気組織を形成するが、トウモロコシなどの非湿生植物は形成しない(図1参照)。
 
注3)オーキシンシグナル伝達:
オーキシンは植物の成長を調節する植物ホルモンの一群である。イネの根では、インドール-3-酢酸(Indole-3-acetic acid; IAA)が主な機能を担っている。遺伝子の転写のON/OFFを決めるタンパク質である転写因子auxin response factor(ARF)に結合して、その機能を阻害するタンパク質AUX/IAA protein(IAA)が、オーキシン応答的に分解されて調節されるシグナル伝達経路(図1参照)。
 
注4)エチレンと活性酸素種によるシグナル伝達:
エチレン(C2H4)は、気体状の植物ホルモンであり、ACC合成酵素およびACC酸化酵素によって生合成される。活性酸素種はスーパーオキシドアニオンラジカル(O2・-)や過酸化水素(H2O2)に代表される酸素分子に由来する反応性の高い分子群である。外部環境に応答して、エチレン依存的にNADPH酸化酵素(植物ではrespiratory burst oxidase homolog; RBOH)が活性化され、O2・-が生成されることで調節されるシグナル伝達経路。

 

【論文情報】

掲載誌:Trends in Plant Science
論文タイトル:Mechanisms of Lysigenous Aerenchyma Formation under Abiotic Stress.
著者: Takaki Yamauchi, Mikio Nakazono (山内 卓樹、中園 幹生)
DOI:10.1016/j.tplants.2021.10.012
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1360138521003046?via%3Dihub

 

【研究代表者】

生物機能開発利用研究センター 山内 卓樹 准教授

大学院生命農学研究科 中園 幹生 教授
https://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~ikusyu/