国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学宇宙地球環境研究所の三好 由純 教授は,金沢大学理工研究域 電子情報通信学系の松田 昇也 准教授,金沢大学学術メディア創成センターの笠原 禎也 教授,東北大学大学院理学研究科の笠羽 康正教授,コロラド大学(アメリカ合衆国),ミネソタ大学(アメリカ合衆国),JAXA宇宙科学研究所,京都大学,九州工業大学,ロスアラモス国立研究所(アメリカ合衆国),ニューハンプシャー大学(アメリカ合衆国),情報通信研究機構,国立極地研究所,アルバータ大学(カナダ)などとの国際共同研究グループで,複数の科学衛星で同時計測された電磁波とプラズマ粒子データなどを用いて,宇宙の電磁波が発生する領域を明らかにしたとともに,目には見えない“電磁波の通り道”の存在を世界で初めて突き止め,電磁波が地上へと伝わる仕組みを解明しました。
地球周辺の宇宙空間では自然由来の電磁波が発生し,地球を取り囲む放射線帯(※1)の形成・消失や,オーロラ発光などの物理現象を引き起こしています。これらの電磁波は,地球の磁力線に沿って南北両半球を伝わり,伝搬経路上のさまざまな場所で宇宙の諸現象を引き起こすと考えられています。従来の科学衛星一機による単地点観測では,現象を点で捉えることしかできないため,電磁波が伝わっていく様子や,空間的にどのように広がっているかといった三次元的描像が未解明のままでした。
本国際共同研究グループは,日本の科学衛星「あらせ」(三好教授が科学責任者),アメリカの科学衛星「Van Allen Probes」,宇宙地球環境研究所塩川教授をPIとして日本が世界各国に展開する「PWING誘導磁力計ネットワーク」,カナダが北米を中心に展開する「CARISMA誘導磁力計ネットワーク」の4つの観測拠点を連携させ,宇宙空間の特定の場所で電磁波が生まれ,そのうち限られた一部のみが宇宙の遠く離れた場所や,地上へと伝搬する様子を一元的に捉えることに成功しました。電磁波が伝わる距離はおおよそ5万キロにも及び,その長い旅路の中で,冷たいプラズマにエネルギーを与え,宇宙のプラズマ環境変動を引き起こす様子も合わせて解明されました。
本研究成果は,広大な宇宙を飛び交う電磁波を,国際協力による多地点観測網によって三次元的に捉えることに成功したものであり,電磁波を引き金とする宇宙環境変動の仕組みを理解することに役立ちます。また,各国が開発した高性能な科学衛星や地上観測装置が連携することで,宇宙環境を立体的にモニタリングできることを示し,将来の宇宙天気予報(※2)の精度向上に向けた大きな一歩となることが期待されます。
本研究成果は,2021年12月8日9時(米国東部標準時)に米国地球物理学連合速報誌『Geophysical Research Letters』のオンライン版に掲載されました。
本国際共同研究グループは,日本の科学衛星「あらせ」,アメリカの科学衛星「Van Allen Probes」による宇宙からの観測と,日本が世界各国に展開する「PWING誘導磁力計ネットワーク」,カナダが北米を中心に展開する「CARISMA誘導磁力計ネットワーク」による地球からの観測を連携させ,宇宙で自然発生する電磁波の一種である「イオン波」を異なる場所から同時観測することに成功しました。さらに,各拠点で得られた観測データを比較し,比較的広い空間範囲に励起したイオン波のうち,ストロー状の“通り道”に存在する限られた波だけが,宇宙空間の他の場所や地上へと伝搬していることを明らかにしました。イオン波の“通り道”を明らかにするには,イオン波が発生している時間帯に,各拠点が近接した経度の範囲に位置してほぼ同一の磁力線を観測できる状態にあり,かつ地磁気緯度方向に適度に分散している必要があります。2つの衛星軌道と2つの地上観測拠点の位置関係がこの条件を満たすことは極めて貴重であり,事前にタイミングを予測して,各拠点でイオン波を精細に捉えるための国際連携観測を継続してきました。これによって,2019年4月18日に4拠点によるイオン波の同時多地点観測を達成し,イオン波が宇宙空間を伝わっていく様子を明らかにしました。
地磁気赤道付近を飛翔する科学衛星「Van Allen Probes」は,地上の2拠点とほぼ同一の磁力線上に留まって観測し,これらの拠点では特徴が極めて類似するイオン波が同時に観測されました。即ち,地磁気赤道から地上へとイオン波が伝わる経路が存在することを示しています。一方,地磁気赤道と地上との間(地磁気緯度約30度の位置)を飛翔する科学衛星「あらせ」は,他の3拠点とほぼ同一の磁力線を横切りながら,やや広い空間を観測していました。「あらせ」を含めた4拠点がほぼ同一の磁力線上に位置するタイミングでは,同じ特徴を持ったイオン波が同時に観測され,やはりイオン波が伝わる経路が形成されていることが分かりました。一方,「あらせ」がその磁力線から僅かに離れて観測を行うと,観測されるイオン波の特徴が大きく異なることが分かり,それらは地磁気赤道や地上に伝搬していませんでした。以上の結果から,同一のイオン波が地磁気赤道から地上に伝搬する“電磁波の通り道”を同定し,その空間スケール(電離圏高度における緯度方向距離)が約80㎞程度であることを明らかにしました。イオン波を伝えるストロー状の経路が,地磁気赤道から地上では約5万キロの長さとなるのに対し,経路の断面は千分の一ほどのスケールしかなく,広い宇宙空間で極めて局所的に伝搬経路が形成されることを解明しました。
また,科学衛星「あらせ」と「Van Allen Probes」による精密なプラズマ粒子計測によって,イオン波が“電磁波の通り道”を伝わっていく過程で冷たいプラズマにエネルギーを与え,周辺のプラズマ環境を変化させている様子も合わせて観測されました。イオン波はプロトンオーロラ(※5)と呼ばれる種類のオーロラを光らせることでも知られており,本研究の成果はプロトンオーロラの元となるエネルギーが宇宙から地上へと伝わる経路を明らかにした,と解釈することもできます。
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら
※1 放射線帯
地球を取り囲むドーナツ状の領域で,極めて高いエネルギーのプラズマが充満している。人工衛星の障害などを引き起こすため,宇宙の中でも特に注意が必要な領域として知られる。
※2 宇宙天気予報
太陽活動に伴って発生する,地球周辺の宇宙環境の乱れを予測する技術のこと。
※5 プロトンオーロラ
イオン波によって散乱された高エネルギーイオンが大気に降り込むことで発生するオーロラのこと。
雑誌名:Geophysical Research Letters
論文名:Multipoint Measurement of Fine-Structured EMIC Waves by Arase, Van Allen Probe A and Ground Stations(あらせ,Van Allen Probe-Aと複数の地上観測拠点による電磁イオンサイクロトロン波動の同時多地点観測)
著者名:Shoya Matsuda1, Yoshizumi Miyoshi2, Yoshiya Kasahara1, Lauren Blum3, Christopher Colpitts4, Kazushi Asamura5, Yasumasa Kasaba6, Ayako Matsuoka7, Fuminori Tsuchiya6, Atsushi Kumamoto6, Mariko Teramoto8, Satoko Nakamura2, Masahiro Kitahara2, Iku Shinohara5, Geoffrey Reeves9, Harlan Spence10, Kazuo Shiokawa2, Tsutomu Nagatsuma11, Shin-ichiro Oyama2,12, Ian Mann13
(松田 昇也1,三好 由純2,笠原 禎也1,Lauren Blum3,Christopher Colpitts4,浅村 和史5,笠羽 康正6,松岡 彩子7,土屋 史紀6,熊本 篤志6,寺本 万里子8,中村 紗都子2,北原 理弘2,篠原 育5,Geoffrey Reeves9, Harlan Spence10,塩川 和夫2,長妻 努11,大山 伸一郎2,12,Ian Mann13)
1 金沢大学,2 名古屋大学,3 コロラド大学,4 ミネソタ大学,5 JAXA宇宙科学研究所,6 東北大学,7 京都大学,8 九州工業大学,9 ロスアラモス国立研究所,10 ニューハンプシャー大学,11 情報通信研究機構,12 国立極地研究所,13 アルバータ大学
掲載日時:2021年12月8日9時(米国東部標準時)にオンライン版に掲載
DOI:10.1029/2021GL096488
URL:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2021GL096488