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生物学

2022.01.17

利きの獲得能力には感受性期がある 食魚の行動実験で実証

私たちの利き手のように、数多くの動物たちにも、身体の左右一方をよく使う利き現象が見られます。利きは正確で力強い運動を生み出し、生存上有利に働くと考えられています。利きは発達段階のいつ・どのように獲得されるのでしょうか?一般に利きの確立過程を明らかにするには、長期にわたる追跡調査、遺伝要因の解析や生後発達における経験のコントロールが必要で、どのようなルールに基づいて利きが獲得されるのかは、長年の謎でした。
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学の小田 洋一 名誉教授(現、国際機構特任教授)、富山大学学術研究部医学系の竹内 勇一 助教、医学部医学科3年生(研究医養成プログラム)樋口 祐那さん、および世界淡水魚園水族館アクア・トトぎふの池谷幸樹 館長と田上 正隆 学芸員で構成される研究グループは、ヒトの利き手に相当するほど顕著な利きを示す事で知られるアフリカ・タンガニイカ湖の鱗食性シクリッド科魚類(Perissodus microlepis、以下、鱗食魚)を用いて、利きの獲得メカニズムを検証しました。鱗食魚は、獲物の魚のウロコをはぎとって食べる捕食行動において、獲物の右から狙う「右利き」と左から狙う「左利き」がいます。私たちは、人工繁殖で得た鱗食魚の幼魚(4ヶ月齢)、若魚(8ヶ月齢)、成魚(12ヶ月齢)を用いて、行動実験を行いました。その結果、本来鱗食を開始する幼魚期の鱗食経験によって襲撃方向と運動能力の右利き・左利きが獲得され、若魚期ではその学習能力が大幅に減少し、成魚期から始めた鱗食経験では利きが全く現れないことから、利きの獲得能力には感受性期(sensitive phase)があることを実証しました。また、幼魚期や成魚期では利きの学習効果がみられない一方、若魚期では鱗食経験によって獲物への接近速度が増加するため、異なる発達段階でそれぞれ別の捕食スキルが獲得されることも明らかにしました。
鳴禽類の歌やヒトの言語は、発達初期に限定された学習により急激に上達します。今回の結果から、魚類の利きも同様に、特定の時期における経験学習に依存して獲得されることが初めて分かりました。鱗食魚の利きは非常に明瞭で、それを制御する入力から出力までの脳神経系が想定できます。今後は、利き獲得の感受性期に関わる脳内制御機構を解明したいと考えています。
本研究成果は、英国科学雑誌「Scientific Reports」(英国時間1月14日付)にて公開されました。

 

【ポイント】

・アフリカ・タンガニイカ湖に生息する鱗食性シクリッド科魚類(Perissodus microlepis)の成魚は、獲物の鱗を右から狙う右利きと左から狙う左利きがいて、「利き」の動物モデルとして注目されていましたが、利きが個体の発達段階のいつどのように獲得されるのかは不明でした。実験の鍵となるのは、発達の各段階の鱗食魚を対象にして、利き獲得に対する鱗食経験の効果を調べることです。我々は人工ふ化した個体を用いて、この問題にチャレンジしました。非常に難しいとされる鱗食魚の繁殖を、世界淡水魚園水族館「アクア・トトぎふ」(各務原市)で成功させ、その繁殖個体を個別隔離して人工飼料で飼育して発達のさまざまの時期に鱗食経験をさせ、利き獲得に対する効果を調べました(同水族館で生体展示中)。
* 鱗食という行為自体は、幼魚から成魚までのいつからでも始められるにもかかわらず、獲物への襲撃方向の好みと利き側での運動能力の優位性の両方は、鱗食を開始する幼魚期における経験学習によってのみ獲得されました。
・若魚期では鱗食経験によって獲物に接近する際の接近速度を速めていました。一方で、成魚期での経験は、利きの獲得や捕食成功にほとんど貢献していませんでした。
・これらの発見は、利きの確立には感受性期があるという証拠を示すだけでなく、発達に応じた経験学習で異なる捕食スキルを獲得することを示しています。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【論文情報】

掲載雑誌:Scientific Reports
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-021-04588-8
論文名:Experience-dependent learning of behavioral laterality in the scale-eating cichlid Perissodus microlepis occurs during the early developmental stage
著者:Yuichi Takeuchi, Yuna Higuchi, Koki Ikeya, Masataka Tagami and Yoichi Oda
竹内 勇一(富山大学学術研究部医学系助教)、樋口 祐那(富山大学医学部医学科3年)、池谷 幸樹(世界淡水魚園水族館アクア・トトぎふ館長)、田上 正隆(世界淡水魚園水族館アクア・トトぎふ学芸員)、小田 洋一(名古屋大学名誉教授・特任教授)
公開日:2022年 1月 14日19時(日本時間)
DOI : 10.1038/s41598-021-04588-8
URL : https://www.nature.com/articles/s41598-021-04588-8

 

【研究代表者】

https://www.bio.nagoya-u.ac.jp/~m7home/index.html