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農学

2022.02.22

耐塩性イネ科牧草の葉内元素の局在を可視化 ~塩水でも育つローズグラスはナトリウムを葉緑体から隔離する~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の大井 崇生 助教と谷口 光隆 教授は、西オーストラリア大学(オーストラリア)のルーカス・コチュラ 博士らとの共同研究で、耐塩性の高いイネ科牧草ローズグラスにおいて、高濃度のナトリウム蓄積をはじめとする様々な元素の葉組織内での局在を可視化し、塩害環境下でも高い光合成能力を維持する仕組みの一端を解明しました。
ローズグラスなどの耐塩性植物は、植物細胞にとって有害となるような高濃度のナトリウムを葉内に溜めても生育し続けられることが知られていますが、薄い葉の中においてイオンがどのように分布しているか細胞レベルで定量的に比較した例はありませんでした。
本研究では、試料を液体窒素で瞬間凍結することで組織内のイオン分布を留めたまま解析可能なクライオ走査型電子顕微鏡 注1) とエネルギー分散型X線分析装置 注2) による元素分析によって、ローズグラスの葉組織における細胞内構造と各種元素の分布を併せて可視化し、根から吸収されたナトリウムが葉に輸送された後に維管束や表皮の液胞に偏って蓄積される一方、光合成を担う葉緑体においてはその蓄積が抑えられていることを示し、作物の耐塩性向上に繋がる知見を得ました。
本研究成果は、2022年2月6日付国際学術雑誌「Plant, Cell & Environment」にオンライン版で掲載されました。
なお、本研究は2018年度エンデバー研究フェローシップ(オーストラリア)および日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金の支援のもとで行われたものです。
 

 

【ポイント】

・イネ科C4植物 注3) ローズグラスは、荒れ地でも育つ牧草で、高濃度の塩水を与えられても光合成能力を維持して成長し続けるが、葉内のナトリウム濃度は高くなる。
・その葉組織の元素マッピングにより、ナトリウムや塩素は葉内で均一に分布しているのではなく、維管束や表皮層に偏り、特に木部柔細胞に局在することが示された。
・ローズグラスでは葉緑体や、それらを多く含むや葉肉細胞 注4) や維管束鞘細胞 注5)の液胞でナトリウム濃度の増加を抑えることが耐塩性に繋がっていると考えられる。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)クライオ走査型電子顕微鏡(Cryo-SEM):
細く絞った電子線を試料表面に順々に照射(走査)して、試料表面から反射したり、発生したりする電子を検出して微細構造を観察する走査型電子顕微鏡に、試料を凍結させた状態で観察できる冷却試料台を搭載した装置。

 

注2)エネルギー分散型X線分析装置(EDS):
試料への電子線照射によって発生する特性X線を検出し、エネルギーで分光することで元素分析を行う装置。

 

注3)C4植物:
二酸化炭素を葉組織内で濃縮して光合成を行う回路を持つ植物。その濃縮回路は、初期化合物の炭素数が4つであることからC4回路と呼ばれる(基本的な炭素固定を行うカルビン回路はC3回路と呼ばれ、イネなどの一般的な植物の多くはC4回路を持たないC3植物である)。トウモロコシやキビなどの高温でも生育旺盛な穀物や、ローズグラスやシバなどの環境ストレスに強い牧草類や被覆植物が挙げられる。

 

注4)葉肉細胞:
維管束と上下の表皮の間に詰まった葉緑体を含む柔細胞。一般的なC3植物では主に葉肉細胞の葉緑体のみで光合成を行うが、C4植物では葉肉細胞と維管束鞘細胞が連携して光合成を行う。

 

注5)維管束鞘細胞:
維管束を取り囲む筒状の“維管束鞘”を構成する細胞。一般的なC3植物では葉緑体が小型で少ないが、C4植物では大型の葉緑体が局在してC4光合成回路による二酸化炭素濃縮を行う。

 

【論文情報】

雑誌名: Plant, Cell & Environment
論文題目: Salt tolerance in relation to elemental concentrations in leaf cell vacuoles and chloroplasts of a C4 monocotyledonous halophyte
著者:Takao Oi*, Peta L Clode, Mitsutaka Taniguchi*, Timothy D Colmer, Lukasz Kotula *名古屋大学教員
DOI:10.1111/pce.14279
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/pce.14279

 

【研究代表者】

大学院生命農学研究科 大井 崇生 助教
https://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~shigen/index.html