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名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野雅央教授、岸本祥之客員研究者(筆頭研究者)、同・ヘルスケア情報科学実社会情報健康医療学の中杤昌弘准教授、愛知工科大学工学部電子ロボット工学科の永野佳孝教授、名古屋工業大学大学院の藤本英雄名誉教授らの研究グループは、神経難病の遺伝性脊髄小脳失調症(SCA)について、独自のデバイスを用いて上肢の運動失調を評価する新規の手法を開発し、従来の指標より鋭敏に病気の重症度を評価できることを明らかにしました。
SCA は、脳のうちバランス制御などに関わる小脳などが変性する(弱る)ために、運動失調 ※1 と呼ばれる症状が進行する遺伝性の難治性疾患です。一般的に成人期に症状がでることが多く、進行は緩徐です。現在SCA の病気の進行を抑える治療法はありませんが、いくつかの臨床試験が行われています。これらの臨床試験において、病気の重症度を鋭敏に反映する生物学的指標(バイオマーカー) ※2 が必要不可欠ですが、SCAにおいてはバイオマーカーが未確立です。
勝野教授らの研究チームは、独自のデバイスを用いて上肢の運動を測定・解析し、新規の指標としてDistortion Index(ゆがみを評価するスコア)を開発しました。Distortion Index は健常者と比較して、SCA患者で明らかに高値であること、上肢の運動失調の従来の評価指標である SARA 上肢スコア ※3、ICARS 上肢スコア ※4 とも相関していることを見出しました。また、検査の信頼性の確認目的に再検査法 ※5 を実施したところ、Distortion Index は非常に高い再現性を示しました。さらに経時的変化を解析したところ、Distortion Index は従来の評価指標では捉えることのできない、軽微な悪化を捉えることができることが分かりました。
本研究の結果から、Distortion Index は SCA の臨床試験などで活躍可能なバイオマーカーであると考えられます。米国科学雑誌「Annals of Clinical and Translational Neurology」(2022 年 3 月 16 日付の電子版)に掲載されます。

 

【ポイント】

○ 脊髄小脳失調症(SCA)は緩徐進行性であるが治療法のない遺伝性の神経難病である。
○ SCA の病気の重症度を評価する半定量的な評価スケールが幅広く用いられているが、その鋭敏さには限界がある。
○ 本研究では、独自のデバイスを用いて SCA の重症度を定量的に評価する Distortion Indexを開発した。
○ Distortion Index は SCA の重症度を鋭敏に評価できる指標で、SCA の臨床試験に応用可能なバイオマーカーである。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 運動失調:運動失調とは、目的の運動に関係する様々な動きの協調性が悪くなるため、それを円滑にできなくなる病態を指します。運動失調の代表的な症状は、起立・歩行時のふらつきです。
手の巧緻(細かな)動作や呂律も障害されます。
※2 バイオマーカー:特定の病気の診断や、個々の患者についての重症度、治療に対する効果を反映するような客観的な指標のことです。
※3 SARA(Scale for the Assessment and Rating of Ataxia):小脳性運動失調の評価法として開発され、歩行、立位、座位、言語障害、指追い試験、鼻指試験、手の回内回外運動、踵すね試験の全 8 項目で構成される合計 40 点の評価尺度です。点数が高いほど重症であることが示唆され、多くの治験や臨床研究において小脳性運動失調の重症度の変化を表す指標として使用されています。このうち、指追い試験、鼻指試験、手の回内回外運動の 3 項目で構成される合計 12 点の評価尺度を SARA 上肢スコアと呼びます。
※4 ICARS(International Cooperative Ataxia Rating Scale):SARA より以前に小脳性運動失調の評価法として開発され、姿勢、歩行障害、四肢運動失調、構音障害、および眼球運動障害の 19項目で構成される合計 100 点の評価尺度です。点数が高いほど重症であることが示唆されます。このうち、上肢の運動失調に関する 5 項目で構成される合計 36 点の評価尺度を ICARS 上肢スコアと呼びます。
※5 再検査法:テストの信頼性を評価することを目的に、同じテストを、間隔を置いて同じ対象者に 2 度行うことです。2 度のテストの得点間の相関が高ければ信頼性の高い検査であるということが示唆されます。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Annals of Clinical and Translational Neurology
論文タイトル:Quantitative evaluation of upper limb ataxia in spinocerebellar ataxias
著 者 : Yoshiyuki Kishimoto 1, Atsushi Hashizume 1,2, Yuta Imai 3, Masahiro Nakatochi 4, Shinichiro Yamada 1, Daisuke Ito 1, Ryota Torii 1, Yoshitaka Nagano 5, Hideo Fujimoto 6, and Masahisa Katsuno 1
所属:
1Department of Neurology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
2Department of Clinical Research Education, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
3Department of Basic Medicinal Sciences, Na goya University Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Nagoya, Japan
4Public Health Informatics Unit, Department of Integrated Health Sciences, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
5Department of Electronic Robot Engineering, Aichi University of Technology, Gamagori, Japan
6Department of Computer Science and Engineerin g, Nagoya Institute of Technology Graduate School of Engineering, Nagoya, Japan
DOI:10.1002/acn3.51528

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Ann_220314en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 勝野 雅央 教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/neurology/