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医歯薬学

2022.03.29

プラチナの分布パターンより卵巣癌治療のキーポイントであるプラチナ抵抗性を可視化することに成功 ―卵巣癌新規治療戦略への布石―

名古屋大学大学院医学系研究科産婦人科学の宇野 枢(うの かなめ)大学院生(名古屋大学・ルンド大学国際連携総合医学専攻/ジョイントディグリープログラム)、芳川修久(よしかわ のぶひさ)助教、梶山広明(かじやま ひろあき)教授らの研究グループは、名古屋大学医学系研究科環境労働衛生学の加藤昌志(かとう まさし)教授、田崎 啓(たざき あきら)講師、大沼章子(おおぬましょうこ)招聘教員らとの共同研究で、卵巣癌治療のキードラッグであるプラチナ製剤に対して、卵巣癌細胞が耐性を示すプラチナ抵抗性という概念を可視化できることを明らかにしました。
卵巣癌の多くは進行期で発見されることが多く、初回の手術で腫瘍の完全摘出が困難なため、進行期の約半数に術前抗がん剤治療が行われています。卵巣癌治療の抗癌剤においてキードラッグとなるのがプラチナ製剤*1 と呼ばれる抗癌剤です。プラチナ製剤は、初回治療では多くの卵巣癌に有効に作用しますが、薬剤が効かなくなる耐性化が治療上の最も大きな課題です。プラチナ製剤に耐性を示すことを「プラチナ抵抗性」*2 と表現しますが、これまでは再発するまではプラチナ抵抗性を診断することができず、プラチナ製剤の最終使用から 6 ヵ月以内に再発した症例に対して初めてプラチナ抵抗性と診断し、抗癌剤の変更を行う治療方針となっていました。
今研究では、LA-ICP-MS*3 という、組織における元素の分布を知ることができる装置を応用し、プラチナ製剤に含まれる重金属元素であるプラチナを卵巣組織内で可視化できることを示しました。その上で、腫瘍組織内でのプラチナ分布パターンに異なる 2 種類のパターンが存在することを示しました。この分布の違いは、再発までの期間や予後と有意に相関関係があることを示し、プラチナ製剤に抵抗性の腫瘍と感受性の腫瘍を、再発する前に判別することが可能であることを示唆しました。この方法を用いることで、プラチナ抵抗性を早期に診断し、患者に適した術後抗癌剤治療の選択が可能となる可能性および、新しい卵巣癌治療戦略を提案しました。
この研究成果は 2022 年 3 月 16 日付けの「Scientific Reports」のオンライン版で掲載されました。

 

【ポイント】

○ 卵巣癌治療における重要なキーポイントである「プラチナ抵抗性」という耐性の概念は、これまでは、再発するまで診断できませんでした。
○ 今研究では、腫瘍組織でのプラチナ分布を確認することにより、プラチナ抵抗性を可視化することに成功し、プラチナ抵抗性を早期に視覚的に確認することができることを示しました。
○ プラチナ抵抗性の腫瘍では、プラチナは腫瘍内に入ることができず、腫瘍の辺縁に排出される特徴的なプラチナ分布を示しました。
○ このような分布を示した場合、再発までの期間や予後が有意に悪化していました。
○ 腫瘍組織内でのプラチナの分布を確認することにより、患者さんにより適した抗癌剤を選択できる可能性を示唆しました。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

*1:プラチナ製剤:重金属元素であるプラチナを骨格の中心に持つ抗癌剤の総称で、シスプラチンやカルボプラチンなどの薬剤が含まれています。細胞内にこの薬剤が入ると、プラチナの部分が活性化し、細胞の DNA と結合することで、DNA の構造に変化を起こし、細胞分裂が難しくなります。特に活発に増殖している癌細胞では、その効果が高く、正常に分裂を起こせなくなった細胞は、細胞死を起こすため、活発に増殖する癌細胞に対して高い増殖抑制効果をもっています。多くの癌腫で使われていますが、卵巣癌治療においては最も中心的な役割を果たす抗癌剤です。
*2:プラチナ抵抗性:卵巣癌治療おいて使われている用語で、これまでは腫瘍の増殖抑制に効果的であったプラチナ製剤に対して、癌細胞が耐性を獲得したと考えられる時に使用されます。現在のガイドラインでの定義では、最終のプラチナ製剤使用から 6 ヵ月以内に、再発が認められた時に使用される概念です。
*3:LA-ICP-MS (Laser Ablation Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry) :重金属元素の測定はこれまでは、組織を濃硝酸に溶かし、その溶液中の元素の濃度を確認する方法しかありませんでした。この新しい機器は、組織にレーザーを照射し、組織を蒸発させ、その中に含まれる元素を分析することで、組織を溶解させることなく重金属元素の組織での分布を測定できるようになった機器です。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Significance of platinum distribution to predict platinum resistance in ovarian cancer after platinum treatment in neoadjuvant chemotherapy
著者:Kaname Uno1,2, Nobuhisa Yoshikawa1, Akira Tazaki 3, Shoko Ohnuma3, Kazuhisa Kitami 1, Shohei Iyoshi 1,4, Kazumasa Mogi 1, Masato Yoshihara 1, Yoshihiro Koya 5, Mai Sugiyama 5, Satoshi Tamauchi1, Yoshiki Ikeda1, Akira Yokoi 1, Fumitaka Kikkawa 1, Masashi Kato 3, Hiroaki Kajiyama 1
所属:
1. Department of Obstetrics and Gynecology, Graduate School of Medicine, Nagoya University, Nagoya, Japan
2. Division of Clinical Genetics, Department of Laboratory Medicine, Graduate School of Medicine, Lund University, Lund, Sweden
3. Department of Occupational and Environmental Health, Graduate School of Medicine, Nagoya University, Nagoya, Japan
4. Spemann Graduate School of Biology and Me dicine, University of Freiburg, Freiburg, Germany
5. Bell Research Center, Department of Obst etrics and Gynecology Co llaborative Research, Graduate School of Medicine, Nagoya University, Nagoya, Japan
DOI:10.1038/s41598-022-08503-7

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Sci_220325en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 宇野 枢・芳川 修久 助教
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/obgy/profile/