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医歯薬学

2022.04.20

3q29 欠失患者に見られる治療抵抗性統合失調症 〜患者 4 例のケースシリーズ〜

名古屋大学大学院医学系研究科 精神医学・精神疾患病態解明学の尾崎紀夫特任教授、医学部附属病院ゲノム医療センターの久島周病院講師、精神科・親と子どもの心療科の名和佳弘特任助教らの研究グループは、染色体3q29 領域のコピー数が通常の 2 コピーから 1 コピーに減るコピー数バリアント(copy number variants: CNVs)※1(3q29 欠失)※2 を持つ統合失調症(SCZ)患者 4 例を同定し、その臨床経過を検討しました。その結果、3q29欠失をもつ患者 4 例では、SCZ の治療で一般的に使用される薬剤(抗精神病薬)では十分な効果が得られなかったことがわかりました(治療抵抗性統合失調症) ※3。一般に治療抵抗性の SCZ 患者ではクロザピンという薬剤が有効ですが、本剤を使用した 2 症例では、ともにクロザピンの治療により症状の改善が認められました。近年のゲノム研究から、精神疾患の強い発症リスクとなるゲノムバリアント(ゲノムの個人差)が複数見つかっています。その1つである 3q29 欠失は、SCZ 発症の最も強いリスクとなるバリアントであること、知的能力障害、自閉スペクトラム症、双極性障害など他の精神疾患の発症リスクでもあることが知られています。一方で、これまで 3q29 欠失を有する SCZ 患者を対象に、精神医学的な臨床特徴や経過、治療に対する反応を詳細に調べた研究はほとんどありませんでした。
尾崎紀夫特任教授らの研究グループは、これまでの先行研究で、SCZ 患者を対象にアレイ CGH 法 ※4 を用いてゲノム全体を対象に CNVs を解析し、SCZ 患者 4 例に 3q29 欠失があることを同定しました。今回、患者 4 例の詳細な臨床経過を検討することで、3q29 欠失を有する SCZ 患者では、治療抵抗性が共通の特徴として認められること、治療薬としてクロザピンが有効であることを明らかにしました。本研究成果は、3q29 欠失患者の治療法の確立や治療抵抗性 SCZ の病態解明に繋がることが期待されます。
なお、この研究は日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム(精神・神経疾患メカニズム解明プロジェクト)の「統合失調症と自閉スペクトラム症の多階層情報の統合による病態解明」、脳科学研究戦略推進プログラム(発達障害・統合失調症等の克服に関する研究)の「統合失調症と自閉スペクトラム症のゲノム解析結果を活かした診断法・治療法開発」、革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクトの「精神疾患のヒトゲノム変異を基盤とする神経回路・分子病態に関する研究」の支援を受けて行われました。また、本研究成果は「Psychiatry and Clinical Neurosciences」の電子版(2022 年 3 月 31 日版)に掲載されました。

 

【ポイント】

○ 3q29 欠失を持つ SCZ 患者4例の詳細な精神医学的な表現型について報告しました。
○ 4 例全ての患者で治療抵抗性 SCZ と診断され、治療抵抗性 SCZ の治療薬であるクロザピンが使用された 2 例ではともに効果を認めました。
○ 本研究成果は、3q29 欠失患者の臨床的な治療法の確立と、治療抵抗性 SCZ の病態機序の解明および新規治療薬開発に繋がることが期待されます。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 コピー数バリアント(copy number variants: CNVs):
染色体上の特定の領域のゲノム DNA が、通常 2 コピーあるところ、1 コピー以下(欠失)、あるいは 3 コピー以上(重複)となっている現象をいう。CNVs の領域に含まれる遺伝子の発現や機能に影響が生じることがあり、一部の CNVs は疾患発症に関与する場合がある(病的CNVs)。関与する疾患の代表例として、統合失調症や自閉スペクトラム症などの精神疾患がある。
※2 3q29 欠失:
3 番染色体長腕(q)の 29 領域(約 1.6 メガ塩基のサイズ)が、通常 2 コピーのところ 1 コピーに減少する変化を指す。この領域には約 22 個の遺伝子が含まれており、その一部は脳の発達に関わる重要な役割を持っている。本欠失によって、当該遺伝子のコピー数が減少することで、神経発達症や精神疾患に加え、先天性奇形を含めた身体疾患に関与すると考えられる。
※3 治療抵抗性統合失調症:
2 種類以上の抗精神病薬を十分量(クロルプロマジン換算で 600mg/日以上)、十分期間(4 週間以上)用いても症状が消退しない、あるいは副作用のために服薬継続が難しく、十分に改善しない統合失調症のこと。治療抵抗性統合失調症に対して唯一適応がある治療薬としてクロザピンがある。
※4 アレイ CGH 法(array comparative genomic hybridization: aCGH):
ゲノムコピー数バリアント(CNVs)をゲノム全体で検出する方法。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Psychiatry and Clinical Neurosciences
論文タイトル:Treatment-resistant schizophrenia in patients with 3q29 deletion: A case series of four patients
著者:名和 佳弘 1、久島 周 1,2、アレクシッチ ブランコ 1, 山本 真江里 1, 木村 宏之 1, 阪野 正大 1,3, 橋本 亮太 4, 尾崎 紀夫 1,5
所属名:
1 名古屋大学医学部附属病院 精神科・親と子どもの心療科
2 名古屋大学医学部附属病院 ゲノム医療センター
3 医療法人交正会 精治寮病院 精神科・神経科
4 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神疾患病態研究部
5 名古屋大学 大学院医学系研究科 精神疾患病態解明学
DOI:10.1111/pcn.13361

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Psy_220419en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 尾崎 紀夫 特任教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/laboratory/clinical-med/clinical-neurosciences/psychiatry/