国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院情報学研究科の藤城 新 研究員、笹井 理生 名誉教授(大学院情報学研究科 客員教授)らの研究グループは、ヒト細胞核の中でゲノムが立体構造を形成する過程について、世界最初の高精度計算シミュレーションを行い、構造形成の原理を明らかにしました。ゲノム立体構造は、DNA情報の読み取りや複製に大きな影響を与えるため、計算シミュレーションによる解明が待たれていました。
本研究では、クロマチン注1)の物理的性質が染色体の中で不均一であることに注目し、クロマチンの不均一な運動によって生じる相分離注2)がゲノム立体構造を形成する駆動力であることを示しました。本研究で開発した計算モデルは、大規模生化学データや顕微鏡データを統一的に説明すると同時に、ゲノム立体構造のダイナミックな揺らぎの予測を可能にするものです。
このことは、ゲノム立体構造とその運動を定量的に解析する新しい方法として、細胞制御機構への理解に向けて重要な貢献をすると期待されます。
本研究成果は、2022年5月27日(日本時間)付アメリカ科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」オンライン版に掲載されました。
本研究は、科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業(CREST) (JPMJCR15G2)、RIKEN Pioneering Project、科研費新学術領域研究「クロマチン潜在能」(19H05258、21H00248)、科研費新学術領域研究「生命の情報物理学」(20H05530)、科研費基盤研究B(19H01860)、科研費基盤研究A(22H00406)Nagoya University Research Fundの支援のもとで行われたものです。
・染色体の中でクロマチンの物理的性質が不均一に分布すること、そのため、クロマチンに不均一な斥力が生じることを示した。
・不均一な斥力により、細胞分裂後に新たな細胞核が形成される過程で、クロマチンに相分離が生じることを示し、ゲノム立体構造がクロマチンのダイナミックな運動の産物であることを明らかにした。
・これまでヒト細胞について報告されてきた大規模生化学データ、顕微鏡データを定量的、統一的に説明できる計算モデルを開発し、ゲノム立体構造の計算に成功した。
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注1)クロマチン:
細胞核内のDNAは、ヒストンを始めとした様々なタンパク質と相互作用をしている。このようなタンパク質とDNAの複合物質を、クロマチンと呼ぶ。
注2)相分離:
常温常圧で水と油を混ぜても、水と油はそれぞれまとまって互いに分離するが、このように2種類以上の物質が溶け合わずに分離する現象を相分離と呼ぶ。本研究では、クロマチンのA領域とB領域が分離して、それぞれより大きな領域(Aコンパートメント、Bコンパートメント)にまとまる現象を指す。
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(アメリカ科学アカデミー紀要)
著者:Shin Fujishiro and Masaki Sasai (藤城新、笹井理生)
論文投稿時の所属:名古屋大学大学院工学研究科応用物理学専攻
現所属:名古屋大学大学院情報学研究科複雑系科学専攻
DOI: 10.1073/pnas.2109838119
URL: https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.2109838119