名古屋大学大学院医学系研究科産婦人科学の伊吉 祥平(いよし しょうへい)大学院生、吉原 雅人(よしはら まさと)病院助教、梶山 広明(かじやま ひろあき)教授、同生物統計学の江本 遼(えもと りょう)特任助教、松井 茂之(まつい しげゆき)教授らの研究グループは、卵巣癌初回手術後の腹腔内再発において肥満が独立した予後因子となることを、大規模な患者追跡予後調査と統計モデルを用いて明らかにしました。
卵巣癌は婦人科領域における最も予後不良な癌腫の一つであり、貯留した腹水を介した直接播種を伴う特徴的な進展様式を示します。また、卵巣癌細胞は腹腔内に存在する脂肪組織である大網や腸間膜において選択的に播種巣を形成し、進展していくことが知られており、脂肪細胞 ※1 が増殖する癌細胞にエネルギーを供給するなどして増殖をサポートしていることが基礎研究から明らかとされていました。しかし、肥満と卵巣癌進展の関係を解析した臨床研究では、肥満が予後に影響しないとする結果もしばしば報告されるなど専門家の間でも見解が分かれており、より詳細な解析が求められていました。
研究グループは、東海地方で約 35 年にわたって集められた、総計約 5,000 人に上る悪性卵巣腫瘍患者の大規模データを用いて、一度腹腔内播種を認めた症例のうち、初回手術で腫瘍を取り切れた症例を対象とし、その腹腔内再発において肥満が与える影響について詳細に解析しました。その結果、診断時の BMI※2 が高い群で有意に腹腔内再発までの期間が短くなることを明らかとしました。本結果は、術後フォローアップにおける早期再発のハイリスク群を把握する因子となることに加えて、脂肪組織をターゲットとすることが難治性卵巣癌の新たな治療標的となる可能性を示唆するものです。
本研究成果は、米国肥満学会誌「Obesity」(英国時間 2022 年 7 月 18 日付電子版)に公開されました。
○ 卵巣癌の多くは大網をはじめとする腹腔内脂肪組織に直接播種をきたした進行期で発見され、脂肪組織は卵巣癌の進展をサポートすることが基礎研究から示されているが、卵巣癌の予後に与える肥満の影響については、影響しないとする臨床研究もあり専門家の間でも見解が分かれていた。
○ 一度腹腔内播種をきたした症例のうち、手術で完全切除が達成されたケースに絞って解析を行うことで、腹腔内に潜伏している卵巣癌細胞からの再発に与える肥満の影響を詳細に解析した。
○ 高 BMI 群において腹膜特異的無再発生存期間及び全生存期間が有意に短くなることを発見した。
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※1 脂肪細胞:
脂肪組織に存在する細胞で、内部に脂肪滴と呼ばれる脂質を貯蔵する細胞小器官を有する。
※2 BMI(Body Mass Index):
体重と身長から算出される肥満度を表す体格指数で、BMI(kg/㎡)=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)という式より計算される。世界保健機関(WHO)の判定基準では 25.00〜29.99 以下が前肥満、それ以上が肥満として分類されるが、欧米と比べた場合の日本人の特性を考慮し、日本肥満学会の判定基準では BMI25 以上を肥満と定義している。
掲雑誌名:Obesity
論文タイトル:Obesity contributes to the stealth peritoneal dissemination of ovarian cancer: A multi-institutional retrospective cohort study
著者:Shohei Iyoshi 1,2, Asami Sumi 3, Masato Yoshihara 1, Kazuhisa Kitami 1,4, Kazumasa Mogi 1, Kaname Uno 1,5, Hiroki Fujimoto 1,6, Emiri Miyamoto 1, Sho Tano 1, Nobuhisa Yoshikawa1, Ryo Emoto 7, Shigeyuki Matsui7, and Hiroaki Kajiyama1
所属名:
1Department of Obstetrics and Gynecology, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya 466-8550, Japan
2Spemann Graduate School of Biology and Medicine, University of Freiburg, Albertstraße 19A, Freiburg 79104, Germany.
3Department of Obstetrics and Gynecology, Tosei General Hospital, 160 Nishioiwake-cho, Seto 489-8642, Japan
4Department of Obstetrics and Gynecology, Kitasato University School of Medicine, 1-15-1 Kitasato, Minami-ku, Sagamihara 252-0375, Japan
5Division of Clinical Genetics, Department of Laboratory Medicine, Lund University Graduate School of Medicine, Lund, Sweden
6Discipline of Obstetrics and Gynaecology, Adelaide Medical School, Robinson Research Institute, University of Adelaide, Adelaide, SA, Australia
7Department of Biostatistics, Nagoya University Graduate School of Medicine
DOI:10.1002/oby.23497
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Obe_220720en.pdf