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医歯薬学

2022.07.20

6つの転写因子を用いた成体脂肪組織由来間葉系前駆細胞(ADRC)の心筋細胞への直接リプログラミング法の開発 〜新たな心筋再生療法開発への期待〜

名古屋大学医学部附属病院 循環器内科(現 救急科)の成田伸伍 病院助教、名古屋大学大学院医学系研究科 循環器内科学の海野一雅 助教(現 日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院 第一循環器内科部長)、循環器内科学の室原豊明 教授らの研究グループは、同大学医学系研究科ウイルス学の佐藤好隆 准教授、および名古屋市立大学医薬学総合研究院大学院医学研究科ウイルス学分野の奥野友介 教授との共同研究により、成体の脂肪組織由来の間葉系前駆細胞(ADRC)に対して、6 つの特定の転写因子 ※1(Baf60c, Gata4, Gata6, Klf15, Mef2a, Myocd)の導入を行うことで心筋細胞へと分化誘導をはかる新たな直接リプログラミング ※2 法(direct reprogramming)を開発しました。

 

脂肪には、多分化能を有する脂肪組織由来間葉系前駆細胞(ADRCs:万能細胞)※3 が含まれることが明らかとされています。この脂肪由来の万能細胞は、再生医療の供給源として注目を浴び、様々な再生医療分野で臨床応用が検討されています。今回、本研究グループは、ADRC を 6 つの特定の転写因子で誘導することにより、心筋細胞に非常に類似した細胞を作成することに成功しました。このADRC から作成した細胞を、マウス心筋梗塞モデルに移植したところ、心臓の機能の改善を認めました。心血管疾患は世界的に主要な死因です。日本では、心疾患は第二位の死亡原因であり、さらなる治療開発が望まれています。本結果は新たな心臓再生治療としての可能性を示しています。

 

本研究結果は米国科学誌である「iScience」 (2022 年 7 月 15 日付の電子版)に掲載されました。

 

【ポイント】

○脂肪組織由来間葉系前駆細胞(Adipose-derived regenerative cells; ADRCs)は、皮下脂肪組織内に存在することがわかっている前駆細胞・再生細胞であり、心筋再生治療の一つとして研究が進められている骨髄由来の幹細胞と同様の特徴を持つとされています。ADRC は、心血管病に対する新しい再生細胞治療の供給源として有望視されています。
○これまでに本研究チームは、血管病である重症虚血肢の患者に対して、ADRC の自家移植治療 ※4 が安全かつ有効であり、血管新生の促進と組織の炎症を抑制することで、損傷した組織を修復できるという臨床結果を報告しています。
○今回同研究チームは、ADRC に対して目的の遺伝子を導入し細胞の性質を変えるダイレクトリプログラミングという手法に着目しました。ダイレクトリプログラミングを行った ADRCは、心筋細胞に類似した性質を獲得することがわかり、心疾患モデル動物に移植することで心筋再生効果を認めることがわかりました。
○目的の遺伝子とは、独自に選別された Baf60c, Gata4, Gata6, Klf15, Mef2a, Myocd の 6 つの転写因子になります。ダイレクトリプログラミングを行った ADRC の特徴は、RNA シークエンス解析 ※5 という網羅的な遺伝子の解析により、心筋細胞の特徴に近づいていることが明らかとなっています。
○幹細胞・前駆細胞 ※6 の中でも、ADRC は比較的容易に採取でき、腫瘍形成能も低く、安全性や倫理的な問題も少ないと考えられています。本研究チームは、ADRC の直接リプログラミングを心筋再生治療の新たな選択肢として研究を続けています。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 転写因子
DNA に結合することで遺伝子の発現を調節するタンパク質のことであり、DNA の遺伝情報をメッセンジャーRNA に転写する過程を促進、あるいは逆に抑制する働きをする。

 

※2 直接リプログラミング(ダイレクトリプログラミング、direct reprogramming)
最終分化細胞である体細胞から多能性幹細胞を経ずに、分化の鍵となる特定の転写因子群を遺伝子導入することで、心筋、神経、肝細胞などのさまざまな分化細胞へと直接誘導を行う方法。一方、iPS 細胞は、体細胞から、多能性幹細胞を得る方法であり、iPS 細胞から心筋細胞を作製する手法とは異なる。

 

※3 脂肪組織由来間葉系前駆細胞(Adipose-derived regenerative cells; ADRCs);
皮下脂肪組織内に存在することがわかっている前駆細胞。ADSC: Adipose Derived Stem Cell(脂肪由来幹細胞)とも表記され、厳密には、ADRC は脂肪吸引などにより得られた脂肪組織から得る、幹細胞に加えて間質細胞、造血系細胞など多様な細胞も含めた細胞群を指し、ADSC は細胞の数を増やす培養という工程を経て生成された幹細胞群を指す。

 

※4 自家移植治療
自家移植治療とは、ご自分の細胞をあらかじめ採取したあとにご自身の体に戻す移植治療のこと。対して、他人(ドナー)から移植細胞をもらう移植治療を同種移植という。

 

※5 RNA シークエンス解析
RNA シークエンス解析とは、生体細胞内における遺伝子転写産物(メッセンジャーRNA)の発現状況を網羅的に把握することを目的とした解析で、次世代シーケンサーという装置を用いて遺伝子発現解析を行う方法である。次世代シーケンシングは、数千から数百万もの核酸の塩基配列を同時に高速で読み込むことができる技術であり、2000 年半ばに登場して以来進歩を遂げている。現在では、本研究においても使用したシングルセル RNA シーケンシングという1つの細胞が発現するメッセンジャーRNA の種類や量の解析についても、次世代シーケンサーを使用することで可能となっている。

 

※6 幹細胞・前駆細胞
幹細胞は、自己分裂する能力と別の種類の細胞に分化する能力を有する細胞を指す。一方、前駆細胞は、幹細胞から発生し、最終分化細胞へと分化することのできる細胞を指す。前駆細胞を幹細胞と最終分化細胞の中間に位置する細胞と捉えることができる。

 

【論文情報】

掲雑誌名:iScience
論 文 名 : Direct reprogramming of adult adipose-derived regenerative cells toward cardiomyocytes using six transcriptional factors
著者:
Shingo Narita M.D. 1, Kazumasa Unno M.D., Ph.D.1, Katsuhiro Kato M.D., Ph.D.1, Yusuke Okuno M.D., Ph.D.2, Yoshitaka Sato M.D., Ph.D.3, 4, Yusuke Tsumura M.D.5, Yusuke Fujikawa M.D. 1, Yuuki Shimizu M.D., Ph.D. 1, Ryo Hayashida M.D., Ph.D.1, Kazuhisa Kondo M.D., Ph.D.1, Rei Shibata M.D., Ph.D.6, Toyoaki Murohara M.D., Ph.D. 1
所属:
1 Department of Cardiology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan;
2 Department of Virology, Nagoya City University Graduate School of Medical Sciences, Nagoya 467-8601, Japan;
3 Department of Virology, Nagoya University Graduate school of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan;
4 PRESTO, Japan Science and Technology Agency (JST), Kawaguchi 332-0012, Japan;
5 Department of Pediatrics, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan;
6 Department of Advanced Cardiovascular Therapeutics, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan.
DOI:10.1016/j.isci.2022.104651

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/iSc_220715en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 室原 豊明 教授
https://www.med-nagoya-junnai.jp