国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院環境学研究科 博士後期課程学生のテイ イテン、角皆 潤 教授、中川 書子 准教授らの研究グループは、アジア大気汚染研究センターの 佐瀨 裕之 部長らとの共同研究で、降雨の発生に伴って河川水中の硝酸(NO3-)注1)の濃度が著しく増大する現象は、流域の河畔部の土壌中に蓄積した硝酸の流入が原因であることを明らかにしました。
降雨に伴って河川水中に含まれる硝酸の濃度が増大することは古くから知られていましたが、その原因は明らかになっていませんでした。共同研究グループは、降雨時の河川水を採取するとともに、濃度上昇に伴う硝酸分子中の窒素および酸素の同位体組成注2)の変化を測定することで、上記の結論に到達しました。河川水位の上昇が、河畔部の土壌中に蓄積した硝酸の流出を促進したものと考えられます。またこの硝酸は、土壌中の微生物が作り出したものでした。
硝酸は一次生産(光合成)を律速する栄養塩注3)として知られていて、河川水中におけるその濃度変化は、下流に位置する河川や湖沼、沿岸海洋域の富栄養化や生態系構造に甚大な影響を及ぼすことが知られています。今回の発見は、流域の環境が河川水を通して下流域の水環境に与える変化を評価する上でも、また湖沼や沿岸海洋域における窒素汚染や水質劣化を防止する上でも、貴重な知見となります。
本研究成果は、2022年7月11日付で欧州地球科学連合(European Geosciences Union)の科学雑誌「Biogeosciences」に掲載されました。
・雨が降ると河川水中の硝酸濃度が増えることは古くから知られていたが、理由は分かっていなかった。
・硝酸の窒素および酸素の同位体組成を指標に用いることで、河畔部の土壌中に蓄積した硝酸の流入が原因であることを突き止めた。
・湖沼や沿岸海洋域における窒素汚染や水質劣化を防止する上で貴重な知見となる。
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注1)硝酸(NO3-):
生物の必須元素である固定態窒素(N)の地球表層環境下における主要存在形態。代表的な栄養塩であり、その供給速度は、地上や水域を問わず、一次生産(光合成)量や生態系構造を左右することが知られている。例えば、水域で高濃度化すると、富栄養化や生態系シフト等の環境問題を引き起こす。また、高濃度化した水は、飲用に利用できなくなる。自然界に存在する硝酸は、大気から降水等を通じて地表に沈着する硝酸(大気硝酸)と、微生物がアンモニアの硝化反応を通じて作り出す硝酸(再生硝酸)に大別され、前者の大部分は地表から大気中に放出されたNOXを、後者の大部分は含窒素有機物(タンパク質やアミノ酸)を、その窒素(N)の起源として、地球表層圏内を循環している。なおNO3-は、正しくは「硝酸イオン」と呼ぶべきだが、自然界にはHNO3やNaNO3といった形で存在するものも多くあり、これらを総称として「硝酸」と呼び、化学式は主要形であるNO3-を使う習慣があり、これに倣った。
注2)窒素および酸素の同位体組成:
自然界に存在する窒素原子の大部分(約99. 6%)は陽子7個と中性子7個の原子核から構成される質量数14の窒素原子(14Nと表記)であるが、陽子7個と中性子8個の原子核から構成される質量数15の窒素原子(15Nと表記)が0.4% 程度混在する。同じく酸素原子の大部分(約99. 8%)は陽子8個と中性子8個の原子核から構成される質量数16の酸素原子(16Oと表記)であるが、陽子8個と中性子9個の原子核から構成される質量数17の酸素原子(17Oと表記)が0.04% 程度、陽子8個と中性子10個の原子核から構成される質量数18の酸素原子(18Oと表記)が0.2% 程度混在する。これらはいずれも安定な原子核で放射壊変はしないが、その相対存在比は、自然界における諸過程(化学反応や相変化など)に際して、微小に変化するため、指標として活用される。
注3)栄養塩:
一次生産者(植物や植物プランクトン)の光合成を律速(=制限)する微量栄養物質の総称。代表的な栄養塩に、窒素(硝酸やアンモニア)とリンがある。栄養塩が供給されると光合成が活発化するため、水域への過剰供給は富栄養化や赤潮、貧酸素化などの環境問題を引き起こす。また、栄養塩類の相対的な供給比の変化(=窒素とリンの供給比の変化)は一次生産者を変化させ、それを捕食する動物類を含めた生態系全体に変化をもたらす危険性もある。
雑誌名:Biogeosciences(欧州地球科学連合の科学雑誌)
論文タイトル:Tracing the source of nitrate in a forested stream showing elevated concentrations during storm events
著者: Weitian Ding1, Urumu Tsunogai1, Fumiko Nakagawa1, Takashi Sambuichi1, Hiroyuki Sase2, Masayuki Morohashi2, and Hiroki Yotsuyanagi2 (丁 瑋天1, 角皆 潤1, 中川 書子1, 三歩一 孝1, 佐瀨 裕之2, 諸橋 将雪2, 四柳 宏基2)
※1.名古屋大学,※2.アジア大気汚染研究センター
DOI:10.5194/bg-19-3247-2022
URL: https://bg.copernicus.org/articles/19/3247/2022/