名古屋大学大学院医学系研究科腎臓内科学の島村涌子 大学院生(現在 コロンビア大学 博士研究員)、丸山彰一 教授、同大学医学部附属病院腎臓内科の古橋和拡 病院講師、田中章仁 病院助教と同大学大学院医学系研究科分子腫瘍学の鈴木洋 教授の共同研究により、脂肪由来間葉系幹細胞 ※1(ASC)が骨髄由来間葉系幹細胞と比較して致死性重症腎炎を劇的に改善させることを見出し、その作用機序について、投与した ASC の生体内動態から解明しました。この研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の再生医療実現拠点ネットワークプログラム、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の創発的研究支援事業の支援を受けて行いました。
本研究で ASC は劇的に腎障害を改善させることが分かりましたが、腎臓には ASC そのものはほとんど存在せず、ASC 由来の細胞外小胞(EVs)※2 の形で存在していました。EVs は最近注目を集める細胞間コミュニケーションツールであり、細胞が自分の細胞成分を細胞のかけらに包んで相手の細胞へ受け渡しています。これにより、あるひとつのタンパク質だけでなく、複数の蛋白を複合的に同時に受け渡すことが可能です。本研究では、脾臓へ到達した ASC が EVs を放出し、その EVs が免疫制御マクロファージ ※3 へ特異的に移送されることを見いだしました。さらに、EVs の移送によりマクロファージの免疫制御機能が強化され、同マクロファージは脾臓から循環血中へ入り腎臓へ到達することで、腎臓の修復に寄与していることを最新のイメージング技術・細胞機能解析から解き明かしました。また、投与した ASC が生体内で分泌した EV の検出に成功したことで、生体内で産生された ASC 由来 EVs が免疫制御マクロファージに誘導した機能的変化を次世代シーケンサー ※4 による RNAseq※5 解析から世界で初めて明らかにしました。
今後は、本研究で解明した ASC の作用機序を、ASC による治療効果を高める治療法へ応用し、細胞を直接投与しない EVs を用いた新たな治療法へ発展させていきます。
本研究成果は「Communications Biology」(2022 年 7 月 28 日付電子版)に掲載されました。
○本研究では、脂肪間葉系幹細胞(ASC)が重症腎炎を劇的に改善させることを見出した。
○また、ASC の臓器連関・細胞外小胞の生体内動態を解明した。
○さらに、ASC を体内に投与しない新たな治療法へ応用できる可能性を示した。
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※1 間葉系幹細胞
幹細胞とよばれる分化可能な細胞の一種であり、骨や筋肉、神経などに分化する能力を持つ。再生医療の分野において広い用途に対応できるものとして大きな期待を集めている。また、間葉系幹細胞は、採取が比較的容易で、増殖能に優れており、製剤化に当たっても低コスト化が図りやすいという利点がある。
※2 細胞外小胞 (EVs)
ほぼ全ての細胞から分泌される脂質二重膜構造からなる小胞である。膜表面には元の細胞が持っていた蛋白が存在し、小胞内には元の細胞が保有していた RNA やミトコンドリアが含まれる。細胞同士のコミュニケーション手段として生物は使用している。医療現場では、この EVs を用いて血液一滴から癌の診断を行なうことが可能となり、臨床現場でも新たな医療ツールとして使用されている。
※3 マクロファージ
動物の組織内に分布する大形のアメーバ状細胞。生体内に侵入した細菌などの異物を捕らえて細胞内で消化する、炎症物質を産生し組織炎症を惹起する、それらの異物に抵抗するための免疫情報をリンパ球に伝えるなど多彩な機能を有する細胞。別名大食細胞。貪食細胞。
炎症を促進する炎症性マクロファージと炎症症を改善させる免疫制御マクロファージが存在する。
※4 次世代シーケンサー
次世代シーケンサーは数千万もの DNA 分子の配列を同時に決定可能であり、高度かつ高速な処理が可能となりました。これにより、既知遺伝子の発現量定量だけでなく、新規遺伝子の検出定量も可能です。
※5 RNAseq
次世代シーケンサー(NGS)により、細胞の中の mRNA 配列を解読して、発現量の定量、新規転写配列の発見ができる。
掲雑誌名:Communications Biology
論 文 名 : Mesenchymal stem cells exert renoprotection via extracellular vesicle-mediated
modulation of M2 macrophages and spleen-kidney network
著者:
Yuko Shimamura 1†, Kazuhiro Furuhashi 1† *, Akihito Tanaka1† , Munetoshi Karasawa 1, Tomoya Nozaki 1, Shintaro Komatsu 1, Kenshi Watanabe 1, Asuka Shimizu 1, Shun Minatoguchi1, Makoto Matsuyama 2, Yuriko Sawa 1, Naotake Tsuboi 3, Takuji Ishimoto 1, Hiroshi I. Suzuki 4, 5, Shoichi Maruyama 1
†: These authors contributed equally
所属:
1 Department of Nephrology, Internal Medicine, Nagoya University Graduate School of Medicine, Showa-ku, Nagoya, Aichi, Japan.
2 Division of Molecular Genetics, Shigei Medical Research Institute, Minami-ku, Okayama, Japan.
3 Department of Nephrology, Fujita Health University School of Medicine, Toyoake, Aichi, Japan.
4 Division of Molecular Oncology, Center for Neurological Diseases and Cancer, Nagoya University Graduate School of Medicine, Showa-ku, Nagoya, Aichi, Japan.
5 Institute for Glyco-core Research (iGCORE), Nagoya University, Chikusa-ku, Nagoya, Aichi, Japan
DOI:10.1038/s42003-022-03712-2
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Com_220729en.pdf