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医歯薬学

2022.08.03

がん細胞のみを攻撃する人工免疫細胞と人工ウイルスを用いた新しい治療の開発に成功 ~悪性脳腫瘍への治療に期待~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学未来社会創造機構の夏目 敦至 特任教授らは、東京大学医科学研究所先端がん治療分野の藤堂 具紀 教授、東北大学大学院医学系研究科分子薬理学分野の加藤 幸成 教授と共同で、がん細胞のポドプラニン注3)を見分けるキメラ抗原受容体(CAR)-T細胞をつくりだすことに成功しました。
さらに、腫瘍細胞のみに感染し壊す作用を持った遺伝子改変ヘルペスウイルスG47Δ(デルタ)を投与すると、膠芽腫(こうがしゅ)注4)の成長を抑え、生存率を高める可能性をマウスの実験で明らかにしました。
副作用が少なく、さらに有効な治療が期待されます。
ポドプラニンは、がん細胞の表面のタンパクで、がんの悪性化に関係があります。しかし、ポドプラニンは、肺、腎臓やリンパ管にも出ていることが課題でした。
本研究では、正常のポドプラニンにはない、異常な糖鎖注5)を見分ける抗体(がん特異的抗体)の遺伝子配列の一部とT細胞注6)の遺伝子の一部をハイブリッドさせたキメラ抗原受容体(CAR)-T細胞を作製しました。このCAR-T細胞とG47Δの投与を併せて行うことで、さらなる効果がみられました。
本研究成果は、2022年7月20日付学術雑誌「Molecular Therapy ? Oncolytics」(電子版)に掲載されました。

 

【ポイント】

・悪性脳腫瘍は手術で完全に取り除くことは難しく、患者は、術後に放射線治療や化学療法を受けたとしても生存率が非常に低い病気である。
・今回の実験で人工的に作ったキメラ抗原受容体(CAR)-T細胞注1)を投与し、悪性脳腫瘍のがん細胞だけを攻撃することに成功した。
・さらにヘルペスウイルスG47Δ(デルタ)注2)を悪性脳腫瘍のがん細胞に感染させ死滅させ、実験マウスの生存率を向上させることが明らかになった。

 
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)キメラ抗原受容体(CAR)-T細胞:
本来ヒトに備わっている免疫機能だけでは死滅させることが困難な難治性のがんのために開発された人工的な細胞。がん抗原を見分ける抗体部分の遺伝子の一部と細胞傷害物質を放出させる活性化シグナルの遺伝子を人工的に結合させたキメラ抗原受容体がT細胞の細胞表面上に出るように作製した遺伝子改変T細胞を患者の体内に戻して治療する。

 
注2)G47Δ(デルタ)、デリタクト注(一般名テセルパツレブ):
口唇ヘルペスや角膜ヘルペスの原因となる単純ヘルペスウイルス1型を遺伝子改変したもの。ウイルスの複製に必要な3つのウイルス遺伝子を取り除くことで、がん細胞だけで増えるよう作製されたがん治療用遺伝子組換えヘルペスウイルス。日本で初めてウイルス療法製品として承認された脳腫瘍治療薬である。国内での販売名をデリタクト注、国際的な一般名をテセルパツレブと呼ぶ。

 
注3)ポドプラニン:
細胞膜を貫通して存在するタンパク質のひとつ。一部の正常細胞に加え、がん細胞の多くに発現している。ポドプラニンは肺や腎臓やリンパ管にも存在する。

 
注4)膠芽腫(こうがしゅ):
脳の神経細胞を支持する役割を持つ神経膠細胞が腫瘍化したもの。脳腫瘍の中でも悪性度が最も高いとされる悪性脳腫瘍。手術で完全に取り除くことができず、標準的な治療法も見つかっていない。平均余命は1~2年と言われている。現在の治療法は、抗がん剤治療と放射線治療である。この治療法の最大のデメリットは、がん細胞だけではなく、正常細胞も殺してしまうことであり、抗がん剤や放射線治療の副作用として、脱毛や吐き気、白血球の数が減るなどが出ると言われるのにはこういった理由がある。

 
注5)糖鎖:
DNA、RNA、タンパク質の次の“第4の鎖”と呼ばれ、糖が複雑に繋がった鎖である。タンパク質と結合すると糖タンパク質と呼ばれ、特に細胞の表面に多く存在し、生体にとって重要な働きをする。一方、異常な糖鎖、がんなどの様々な病気に関わることも知られている。

 
注6)T細胞:
免疫細胞の一種。細胞表面に発現するT細胞抗原受容体を介して、マクロファージや樹状細胞などの抗原提示細胞から抗原情報を受け取る。特にキラーT細胞は細胞性免疫に関わり、特異的にがん細胞を殺傷し排除する役割を担う。

 

【論文情報】

雑誌名:Molecular Therapy - Oncolytics
論文タイトル:Efficacy of cancer-specific anti-podoplanin CAR-T cells and oncolytic herpes virus G47delta combination therapy against glioblastoma
著者:Lushun Chalise 1,2,3, Akira Kato11, Masasuke Ohno4, Sachi Maeda1, Akane Yamamichi 5, Shunichiro Kuramitsu6, Satoshi Shiina 7, Hiromi Takahashi8, Sachiko Ozone11, Junya Yamaguchi1, Yukinari Kato 9,10, Yumi Rockenbach11, Atsushi Natsume11*, Tomoki Todo3*
1. Department of Neurosurgery, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
2. Department of Neurosurgery, Nagoya Central Hospital, Nagoya, Japan
3. Division of Innovative Cancer Therapy, Advanced Clinical Research Center, Institute of Medical Science, The University of Tokyo, Tokyo, Japan
4. Department of Neurosurgery, Aichi Cancer Centre Hospital, Nagoya, Japan
5. Department of Neurological Surgery, University of California San Francisco, CA, USA
6. Department of Neurosurgery, National Hospital Organization Nagoya Medical Center, Nagoya, Japan
7. East Nagoya Imaging Diagnosis Center
8. Department of Biomolecular Engineering, Graduate School of Engineering, Nagoya University, Nagoya, Japan
9. Department of Molecular Pharmacology, Tohoku University Graduate School of Medicine, Sendai, Japan
10. Department of Antibody Drug Development, Tohoku University Graduate School of Medicine, Sendai, Japan
11. The Institute of Innovation for Future Society, Nagoya University, Nagoya, Japan
*Corresponding author
DOI: 10.1016/j.omto.2022.07.006
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S237277052200095X?via%3Dihub

 

【研究代表者】

未来社会創造機構 夏目 敦至 特任教授