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医歯薬学

2022.08.26

運動神経障害時の軸索物流選別システムの一時的分解は神経細胞を変性から守る 〜神経変性を防ぐ新たな仕組みの解明〜

名古屋大学大学院医学系研究科機能組織学の桐生寿美子准教授、木山博資教授の研究グループは、京都大学大学院医学研究科臨床神経学の高橋良輔教授、大阪大学大学院連合小児発達学研究科の吉村武講師、名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野雅央教授との共同研究により、新たな神経保護機構を解明しました。神経の障害に直面した運動ニューロン ※1 が軸索 ※2入り口にある軸索物流選別のためのゲート構造(AIS 構造) ※3を敢えて一時的に分解し、生存に必要な物流を活発にし、神経変性を免れる仕組みをマウス生体内で明らかにしました。
細胞内で起こる様々な生理的反応は蛋白質の分解を介して時間空間的に巧みに調節されます。そのような蛋白質分解を請け負う主力はプロテアソーム ※4です。運動ニューロンが軸索損傷を受けた際にも、プロテアソームが適切に蛋白質分解を行うことにより細胞の状態を障害に適応させ保護すると考えられます。一方、運動神経変性疾患 ※5 である筋萎縮性側索硬化症(ALS)ではプロテアソーム機能が破綻しており、疾患による障害を受けた運動ニューロンは変性・脱落します。しかしこれまで、障害に直面した運動ニューロン内でプロテアソームがどのようなメカニズムで細胞保護に働くかわかっていませんでした。
このメカニズムを明らかにするため、本研究グループは、ニューロンがダメージを受けるとプロテアソームを欠損させ、且つ、ミトコンドリアを蛍光標識するユニークなマウスを開発しました。このマウスを使うことで、障害を受けるとすぐに運動ニューロン軸索入り口にあるゲート構造がプロテアソームの標的となり積極的に破壊されることが明らかになりました。軸索への物流を選別するゲート構造が一時的に消失すると、健康なミトコンドリア ※6が細胞体から軸索へ迅速かつ大量に届くようになり、軸索はダメージに耐えるに十分なエネルギーを確保できる巧妙な仕組みが明らかになりました。ところが神経変性疾患 ALS モデルマウスでは、プロテアソーム機能不全のため、疾患によるダメージに直面しても運動ニューロンはこの緊急応答のスイッチを入れられないことがわかりました。疾患早期に失われているこのような緊急時の軸索内物流調節メカニズムを修復作動させることにより、治療や創薬への新たな扉を開くことが期待されます。
本研究成果は科学雑誌「The EMBO Journal」に掲載されました(2022 年 8 月 25 日、中央ヨーロッパ夏時間)。

 

【ポイント】

○脳内の障害を受けたニューロンのみで遺伝子操作を可能にするマウスの作製により、ダメージに対する応答に光を当てこれまで埋もれていたメカニズムを発見することができました。
○このマウスを用い、軸索入り口にある物流選別装置をプロテアソームにより一時的に分解することで、障害を受けた運動ニューロンを変性から守る仕組みが明らかになりました。
○今回発見したメカニズムが神経変性疾患の病態解明を一歩前進させ、新たな治療・創薬の標的となることが期待されます。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 運動ニューロン
直接骨格筋を動かすために必要な神経細胞(=ニューロン)。細胞体から出る1本の長い軸索が筋肉まで到達し、神経筋接合部で筋収縮のための神経伝達物質(アセチルコリン)を放出します。
※2 軸索
ニューロンの細胞体から出る多数の突起のうちの1本が軸索です。運動ニューロンの軸索は非常に長く、ヒトでは筋肉に到達するまで1メートル以上になる場合もあります。軸索の先端で神経伝達物質を放出するため、必要な物資やミトコンドリアが細胞体から長い距離を運ばれてきます。
※3 AIS 構造
AIS は Axon initial segment の略で日本語では軸索初節と呼ばれ、軸索の起始部にある高度に特殊化された区画です。成熟ニューロン特有の構造で、この部位にはチャネル受容体や接着分子など特殊な蛋白質が密集し特徴的な構造をしています。ここは活動電位を発生させる場であると同時に軸索へ運ばれるべき物資とそうでない物資を選別する場でもあります。
※4 プロテアソーム
細胞内に二つある主要な蛋白質分解系のうちの一つであり蛋白質をリサイクルするために必要なシステムです。
※5 運動神経変性疾患
運動ニューロンが徐々に変性していく病気の総称。
※6 ミトコンドリア
細胞内に存在する細胞内小器官。細胞のあらゆる活動に必要なエネルギー(ATP)を産生します。分裂融合を繰り返し、細胞内を移動します。品質の劣ったミトコンドリアからは活性酸素や毒性分子などが漏出し、細胞死を誘導してしまいます。このような劣化したミトコンドリアはオートファジーなどにより取り除かれます。

 

【論文情報】

掲雑誌名:The EMBO Journal
論文タイトル:Impaired disassembly of the axon initial segment restricts mitochondrial entry into damaged axons
著者:Sumiko Kiryu-Seo 1* , Reika Matsushita 1, Yoshitaka Tashiro 2,6, Takeshi Yoshimura3,4, Yohei Iguchi 5, Masahisa Katsuno 5, Ryosuke Takahashi 2, Hiroshi Kiyama1*
所属名:
1 Department of Functional Anatomy and Neuroscience, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan
2 Department of Neurology, Kyoto University Graduate School of Medicine, Kyoto 606-8507, Japan
3 Department of Child Development and Molecular Brain Science, United Graduate School of Child Development, Osaka University, Suita, Osaka 565-0871, Japan
4 Department of Neuroscience, Baylor College of Medicine, Houston, TX 77030, USA,
5 Department of Neurology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan
6 Present address: Department of Aging Neurobiology, Center for Development of Advanced Medicine for Dementia, National Center for Geriatrics and Gerontology, Aichi, 474-8511, Japan
DOI:10.15252/embj.2021110486

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/EMB_220826en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 桐生 寿美子 准教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/Anatomy2/index.htm