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農学

2023.03.03

世界初!哺乳類の排卵を引き起こす脳内の仕組みを解明 ~ヒトの不妊症治療、家畜の排卵障害などへの応用に期待~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の井上 直子 准教授、ハジム サフューラ 博士後期課程学生、上野山 賀久 准教授、束村 博子 教授らの研究グループは、一般的には細胞内のエネルギー通貨として知られるアデノシン三リン酸(ATP)が、脳内で神経伝達物質として働き、哺乳類の排卵を引き起こすしくみを世界で初めて明らかにしました
 ラットの脳内において、視床下部前方の“キスペプチン注2)ニューロン”は、卵胞からのエストロジェン注3)分泌が高まると興奮し、排卵を引き起こす役割をもつ「排卵中枢」だと考えられています。本研究では、このキスペプチンニューロンに、ATP受容体(P2X2受容体注4))が発現することを発見しました。また、排卵中枢キスペプチンニューロンの近傍にATPを投与すると、P2X2受容体を介して同ニューロンが興奮し、黄体形成ホルモンの大量放出を誘発すること、この脳部位にP2X2受容体の拮抗剤を投与してATPの作用を阻害すると、排卵が抑制されることを明らかにしました。さらに、排卵を誘起するためのATPは、ラット後脳のA1およびA2領域のプリン作動性ニューロン注5)に由来する可能性が高いことを明らかにしました。ATPの排卵誘起への関与は世界で初めての発見であり、本知見は、家畜の排卵障害やヒトの生殖医療における不妊症治療などへの応用が期待されます
本研究成果は、2023年2月22日付アメリカ神経科学会学会誌「Journal of Neuroscience」オンライン版に掲載されました。

 

【ポイント】

・神経伝達物質アデノシン三リン酸(ATP)注1)が排卵を引き起こすしくみを解明。
・哺乳類の排卵制御メカニズムの新たな知見を得た。
・家畜やヒトにおける排卵障害の解明につながる。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)アデノシン三リン酸(ATP):
一般的には、生物の生命活動に必要不可欠なエネルギーの供給を担う細胞内のエネルギー通貨として知られるが、脳において神経伝達物質としても働く。

 

注2)キスペプチン:
2001年に孤児受容体GPR54の内因性リガンドとして発見されたペプチド。Kiss1遺伝子によりコードされる。

 

注3)エストロジェン:
卵巣の発育卵胞から分泌される性ステロイドホルモン。

 

注4)P2X2受容体:
ATPをリガンドとする細胞膜受容体。リガンド依存性陽イオンチャネルとして機能する。

 

注5)プリン作動性ニューロン:
神経伝達物質としてATPを分泌するニューロン。

 

【論文情報】

雑誌名:Journal of Neuroscience
論文タイトル:Hindbrain adenosine 5-triphosphate (ATP)-purinergic signaling triggers LH surge and ovulation via activation of AVPV kisspeptin neurons in rats
著者:Naoko Inoue*, Safiullah Hazim*, Hitomi Tsuchida, Yuri Dohi, Ren Ishigaki, Ai Takahashi, Yuki Otsuka, Koki Yamada, Yoshihisa Uenoyama, and Hiroko Tsukamura
Graduate School of Bioagricultural Sciences, Nagoya University (名古屋大学大学院生命農学研究科)
*共同筆頭著者 (下線部は名古屋大学関係者)
DOI: 10.1523/JNEUROSCI.1496-22.2023                              
URL:https://www.jneurosci.org/content/early/2023/02/22/JNEUROSCI.1496-22.2023

 

【研究代表者】

大学院生命農学研究科 井上 直子 准教授
https://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~hanshoku/ReprodWeb/home.html