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医歯薬学

2023.03.03

MYD88 L265P 変異の迅速解析による中枢神経系原発悪性リンパ腫の術中迅速診断法の確立 -手術室内 15 分で MYD88 L265P を同定できる迅速解析法の確立-

名古屋大学大学院医学系研究科脳神経外科学の山口純矢 医員、大岡史治 講師、齋藤竜太 教授の研究グループは、中枢神経系原発悪性リンパ腫(PCNSL)*1 に高頻度で見られるMYD88 L265P*2変異の迅速解析法を確立し、約 15 分で同遺伝子異常を同定することが可能になりました。これにより、手術中の限られた時間内でも、採取した腫瘍組織から手術室内でMYD88 L265P 変異を同定することが可能になり、術中診病理断の精度の向上につながりました。
PCNSL は中枢神経系(脳、脊髄、目)に発生する節外リンパ腫のひとつで、稀な脳腫瘍ではありますが、高齢化に伴い、その発生数は近年増加しております。MYD88 L265P 変異は脳腫瘍においては、PCNSL に特異性が高く、高頻度にみられる遺伝子変異であり、診断マーカーとして有用性が報告されていました。また、PCNSL は生検術で少量の腫瘍検体を採取して診断することが重要ですが、術中診断において組織所見単独では診断に苦慮する症例が経験されるため、補助診断法の必要性が指摘されていました。しかしながら、従来の解析法では、遺伝子異常の同定に時間を要するため、MYD88 L265P 変異を手術中の診断マーカーとして利用することができませんでした。今回の研究グループが確立した解析システムは、マイクロ流路型サーマルサイクル技術を利用したリアルタイム PCR 法を解析基盤とし、従来の解析手法よりも大幅に解析時間が短縮され、手術中の限られた時間内に、高精度にMYD88 L265P 変異を同定することに成功し、術中診断の精度向上に有用でした。また、MYD88 L265P 変異は PCNSL の患者さんの髄液からも検出されることが報告されていましたが、本解析システムを用いて、髄液からも、MYD88 L265P 変異の迅速解析に成功しており、将来的には、髄液を用いて PCNSL を「手術をせずに」診断する、リキッドバイオプシー*3 への応用が期待されます。
本研究成果は、2023 年 3月1日付で『Cancer Science』誌に掲載されました。

 

【ポイント】

○ 中枢神経系悪性リンパ腫の診断に有用な遺伝子異常を約 15 分で判定することが可能になりました。
○ 簡便な手技で解析できるため、手術室内でも解析でき手術中の迅速診断に非常に有効な技術です。
○ 将来的には、髄液を用いたリキッドバイオプシーへの応用が期待されます。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

*1) 中枢神経系原発悪性リンパ腫:免疫を担うリンパ球のひとつである B 細胞から発生する腫瘍。なかでも中枢神経系(脳、脊髄、目)に限局して発生したものを中枢神経系原発悪性リンパ腫(PCNSL)とよび、悪性脳腫瘍のうちの 3%ほどを占める。高齢者の発生が多い。
*2) MYD88 L265P 変異:リンパ球系の疾患で認める遺伝子異常であり、特に PCNSL で高頻度に見られ、70-80%で陽性となる。MYD88 L265P は PCNSL の発生に重要な役割を果たすと考えられるが、詳細については明らかになっていない。予後に影響は与えないが、診断マーカーとしての有用性が報告されている。
*3) リキッドバイオプシー:血液、尿、髄液など体液のサンプルに含まれる DNA を対象に遺伝子解析を行い、診断、治療法の選択、治療効果の予測などを行う手法をいう。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Cancer Science
論文タイトル:Rapid Detection of the MYD88 L265P Mutation for Pre- and Intra-operative Diagnosis of Primary Central Nervous System Lymphoma
著者:
Junya Yamaguchi1, Fumiharu Ohka1, Yotaro Kitano2, Sachi Maeda1, Kazuya Motomura1, Kosuke Aoki1, Kazuhito Takeuchi1, Yuichi Nagata1, Hikaru Hattori3, Takashi Tsujiuchi4, Ayako Motomura4, Tomohide Nishikawa1, Yuji Kibe1, Keiko Shinjo5, Yutaka Kondo5, Ryuta Saito1
所属:
1. Department of Neurosurgery, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya 466-8550, Japan
2. Department of Neurosurgery, Mie University Graduate School of Medicine, 2-174 Edobashi, Tsu, 514-8507, Japan
3. Department of Medical Genomics Center, Nagoya University Hospital, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya 466-8550, Japan
4. Department of Neurosurgery, Daido Hospital, 9 Hakusui-cho, Minami-ku, Nagoya 457-8511, Japan
5. Division of Cancer Biology, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya 466-8550, Japan

 

DOI: 10.1111/cas.15762

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Can_230303en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 齋藤 竜太 教授
https://med-nagoya-neurosurgery.jp/staff/index.php