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医歯薬学

2023.03.28

病院の安全性を測る物差しの開発 ~医療事故防止に関するインシデント報告の新しい価値~

名古屋大学医学部附属病院(以下、名大病院)は、日本の国立大学病院の中で唯一、国際的な医療施設評価認証機関である JCI(Joint Commission International)*1 の認証を受けており、全国でも患者の安全確保に対する取り組みを積極的に行ってきた施設のうちのひとつです。このたび、名大病院 患者安全推進部の長尾能雅 教授らの研究グループは、同病院で医療事故防止のために集められたヒヤリ・ハット*2 や医療事故に関する報告(通称:インシデントレポート)のデータを利用して、病院の安全性の測定に繋がるモデルを開発しました。
これまで、病院の安全性を直接的に測定する統一した物差しが存在しなかったため、全国の医療施設は自施設の安全性について、職員へのアンケート調査や、安全確保のための業務プロセスがどの程度実行されているかを測定するなど、幾つかの間接的な方法を組み合わせて評価せざるを得ませんでした。一方、インシデントレポートは全国の医療機関に幅広く導入されており、現場で働く医療従事者から日々多くのレポートが提出されていますが、全てのデータが十分に活用されていないことなどが課題となっていました。
今回、本研究グループは、その膨大なインシデントレポートのテキストデータを機械学習の技術を用いて分析し、ある医療者集団が、医療行為そのものや、不十分な確認行動などによって患者に生じさせた疾病の「重症度」を数値化することに成功しました。その結果は、これまで名大病院で患者安全の専門家たちによって分析されてきたデータと比較しても高い相関が示されたことが評価され、その研究成果は 2022 年 12 月 12 日付「Journal of Medical Systems」に掲載されました。
今回の手法は名大病院で長期にわたって蓄積されてきたインシデントレポートのデータと、近年注目されている artificial intelligence(AI; 人工知能)技術を融合させて開発されたもので、全く新しい物差しとして注目されます。その物差しは、医療事故防止など、患者の安全確保への貢献が期待されます。
本研究グループは、今回行った「重症度」の数値化にとどまらず、引き続きさまざまな視点でインシデントレポートに潜むリスクを分析し、物差しの精度を上げていくことを計画しています。これらが確立すれば、病院の安全性をリアルタイムに測定できるだけでなく、病院間の安全性の比較や、事故の予知なども可能になることが期待されます。

 

※本研究は、令和4・5年度厚生労働行政推進調査事業「院内の医療安全管理体制を定量的に

評価する指標の確立と実装を行う研究」として進められています。
※本技術に関して、日本及び米国において特許出願中です。

 

【ポイント】

○ ヒヤリ・ハットや医療事故に関する報告(通称:インシデントレポート)のデータを利用して、病院の安全性の測定に繋がる新しいモデルを開発しました。
○ 今回発表した研究では、名大病院の膨大なインシデントレポートのテキストデータから「重症度」を測定することに成功し、その結果が従来の患者安全の専門家たちによる人的判断に基づくデータと比較しても高い相関が示されました。
○ 今後、病院の安全性に関わるその他の要因も加味して物差しの精度を高めていくことで、病院の安全性をリアルタイムに測定したり、他の医療機関との安全性を比較したりすることが可能になることが期待されています。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

*1 JCI(Joint Commission International): 米国の病院評価機構(JC:The Joint Commission)から発展して設立された、医療の質と患者安全を国際的に審査する機関。
*2 ヒヤリ・ハット:危ないことが起こったが、幸い事故には至らなかった出来事のこと。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Journal of Medical Systems
論文タイトル:Development of a Novel Scoring System to Quantify the Severity of Incident Reports: An Exploratory Research Study
著者:
Haruhiro Uematsu 1, Masakazu Uemura 2, Masaru Kurihara 2, Tomomi Umemura 2, Mariko Hiramatsu 2, Fumimasa Kitano 2, Tatsuya Fukami 3, Yoshimasa Nagao 2
所属:
1. Department of Patient Safety, Nagoya University Hospital, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, 466-8560, Nagoya, Japan. hiro_uematsu@hotmail.com.
2. Department of Patient Safety, Nagoya University Hospital, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, 466-8560, Nagoya, Japan.
3. Department of Patient Safety, Shimane University Hospital, Izumo, Japan.

 

DOI: 10.1007/s10916-022-01893-1

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Jou_230328en.pdf

 

【研究代表者】

医学部附属病院 長尾 能雅 教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/hospital