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国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科の伊藤 英人 准教授、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の伊丹 健一郎 教授、藤代 栞奈 博士前期課程学生らは、効率的かつ迅速なナノグラフェン合成の新手法「リチウムを用いたメカノケミカル脱水素環化反応」の開発に成功しました。
ナノグラフェンは、ベンゼン環が平面上に複数つらなった芳香族炭化水素の総称で多環芳香族炭化水素注3)とも呼ばれており、有機電子材料をはじめとした機能性材料への応用が期待されています。ナノグラフェンは、燃焼後のすすや石油中にも含まれるほど、自然界では身近で豊富な物質ですが、実際に基礎研究や材料へ応用するには、有機合成によって構造を原子レベルで精密に制御する必要があります。
本研究では、ナノグラフェン合成の最終工程の脱水素環化(通称グラフェン化)において、空気中で比較的安全に取り扱えるリチウムを用いて、有機溶媒をほとんど使わずに(従来の250分の1以下)固体状態での迅速合成(最短5分)が可能となる新手法を開発しました。新手法の成功の鍵は、「ボールミル」と呼ばれるステンレス製の粉砕機で固体反応剤どうしを有機溶媒に溶かすことなく機械的に混合攪拌して反応(メカノケミカル反応)させたことにあります。この手法は、市販のリチウムワイヤーから切り出した金属リチウム片の使用を可能にしただけでなく、従来法に比べて、コスト・反応時間・安全性・大量合成の可能性の全ての点で優れた手法といえます。また、これまで合成不可能であったクインテリレンをはじめとする20種類以上のナノグラフェンの短時間・高効率合成が可能となりました。
本研究は、ナノグラフェンをはじめとした機能性芳香族化合物の研究の発展に大きく寄与するだけでなく、化学工業的にみても従来法にとって代わりうる新手法を提案する画期的な成果です。
本研究成果は、2023年4月4日(日本時間)付アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版に掲載されました。

 

【ポイント】

・リチウムと原料を固体のままボールミル装置で混合攪拌するメカノケミカル反応注1)
・110年以上の歴史をもつ「脱水素環化(通称グラフェン化)反応」の欠点や未解決問題を克服
・空気下、室温で安全な反応で、5-30分程度でナノグラフェンを高収率で与える
・有機溶媒をほとんど必要とせず、添加量は従来の250分の1程度
・ナノグラフェンの短時間グラム合成や大量供給が可能
・最長の無置換リレン「クインテリレン([5]リレン)」注2)の合成に世界で初めて成功

 
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)メカノケミカル反応:
一般に、有機合成では、反応剤同士を有機溶媒中に溶かして混合する必要があり、1グラムの反応試薬に対して100 mL~1 L程度の溶媒が必要となる。研究室レベルの実験では比較的簡単に実施できるが、工業化の際に大スケール化が難しい(非常に多くの有機溶媒を必要とする、反応熱の制御が困難、収率や再現性が低下する)といった問題点がある。これに対して、近年、固体反応剤同士を機械的に直接混和して反応させるメカノケミカル反応が注目を浴びている。ボールミルなどの粉砕機を用いたメカノケミカル反応では、反応剤と攪拌用ボールを反応容器に加えて容器自身を直接機械的に振動させて内容物を混合することで反応を行う。有機溶媒をほとんど用いないこと、反応が短時間で完結すること、大量合成が容易であるなどのコスト・効率面での実用的な利点だけでなく、有機溶媒中では起こらない化学反応や現象がみられるなど、近年注目を浴びている。

 

注2)クインテリレン([5]リレン):
ナフタレン骨格が5つつらなった純粋な無置換のリレン化合物(分子式C50H24)。ナフタレン骨格が繰り返しつらなった化合物はリレン( [n]リレン:nはナフタレンの個数)と呼ばれ、ナノグラフェンの中でも有機電子材料として魅力的であることが知られている。リレンには、ナフタレン([1]リレン)、ペリレン([2]リレン)、テリレン([3]リレン)、クアテリレン([4]リレン)などがあるが、これらは高い平面性による分子間相互作用が強く、有機溶媒に全く溶けず、一般的な有機合成法で合成困難な化合物として知られている。そのため、有機溶媒に溶けるように分子間の凝集を抑える目的で傘高いアルキル置換基などをあらかじめ導入しておく必要があり、これまで純粋な無置換のクインテリレンの合成は達成されていなかった。

 

注3)多環芳香族炭化水素:
ベンゼンやナフタレンよりも多くの芳香環をもつ芳香族炭化水素の総称であり、比較的小さな分子にはアントラセン、フェナントレン、ピレン 、ペリレン、コロネンなどの慣用名がある。英語略称名でPAHとも呼ばれる。

 

【論文情報】

雑誌名:米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」
論文タイトル:“Lithium-Mediated Mechanochemical Cyclodehydrogenation”
著者:藤代 栞奈、森中 裕太、小野 洋平、田中 剛、 Lawrence T. Scott、伊藤 英人伊丹 健一郎は責任著者、下線は本学関係者)
DOI: 10.1021/jacs.3c01185
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.3c01185

 

【WPI-ITbMについて】(http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。
ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究をおこなうミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発をおこない、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。これまで10年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPIアカデミー」のメンバーに認定されました。

 

【研究代表者】

トランスフォーマティブ生命分子研究所 伊丹 健一郎 教授大学院理学研究科 伊藤 英人 准教授

http://synth.chem.nagoya-u.ac.jp/